2012年05月29日
第1話 おっさんとの出逢い
「来年、結果出さないと、もう待てないよ」
去年の契約時に言われた球団からの事実上の最終宣告。
甲子園出場もない無名の高校ながら、スカウトから将来性をかわれ、プロ野球育成選手としてはや3年がたつ。
自分でもわかっている。今年が勝負の年だということを。でも、それが逆にプレッシャーとなって不安ばかりが先走り、練習にも集中できず、いつもコーチに怒鳴られてはまた不安になり、と悪循環な日々が続いていた。
実はそれだけじゃない。最大のプレッシャーの原因は名前だ。
俺の名前は「金城 甲子園」
大の野球好きの父が男の子が産まれたら絶対につけると決めて、つけられた名前だ。
その父親に育てられたからには野球漬けの環境になるのは間違いなく、おれ自身も野球というスポーツは好きなのだが、父の期待には応えられず、甲子園出場はならなかった。でも、もうすこしで一流のプロ野球選手としてマウンドに立つところまでにはなった。
でも、ここからはそう甘くない。入団当時は名前だけで話題になり、マスコミにも騒がれたが、俺自身はそれがプレッシャーになり、まったく結果が伴わない。もしかして、球団も最初から話題づくりのために俺を指名したのか!?と不安になってはまた悪循環にはまる。
そんな負のスパイラルから抜け出せない中、今年の新人との初めての練習の日がやってきた。
今年は3人の育成選手がいるらしいが、正直人のことなんてどうでもいい。今年結果を出さないと!頭の中は自分のことでいっぱいなのだ。早いとこ紹介済まして、練習しないと。そう思いながら新人を待っていたその時!!3人の中の端っこに新人らしからぬ人が立っていた。
「初めまして!比嘉 オサム、38歳。妻1人、娘2人。あっ!妻1人は当たり前か!ハハハハハ!!よろしくお願いします!」
・・・・・・・・・・・
開いた口がふさがらない、目が点になる、どんな表現をしていいのかもわからないぐらい全員が凍りづいた・・・・・。
はぁ!?38歳!?ちょちょっと待て!いくら育成でも38!?ありえないだろ!!!球団は何考えているんだ!!
球団広報担当にガンを飛ばすも、そいつはまだ固まったままだ。
ただ、そのおっさんだけはずっと笑い続けている。
ふと我に返ったコーチがパチンと手を叩き、それと同時にみんなも目が覚めた。
「おほんっ!え~今日からこの3人も含めて練習に励んでもらう。君たちは今はまだ育成選手だが、頑張り次第では1軍も夢ではない。私たちコーチ陣も君たちには将来性を感じている。私たちも一所懸命指導していく。今年こそ何としても1軍を勝ち取ってくれ!」
ウソつけ!!このおっさんに将来性が見えるか!!
この球団もしかして俺ら育成のやつらを見捨てたのか!
球団に対して不信感を抱いたのはおっさん以外全員である。
「では、練習を始めよう。投手はとりあえず自主トレ具合を確認したいから、マウンドでピッチングをしてもらおう」
投手陣がマウンドの近くで並んだ。俺の前には身長160cmのおっさんが並んでいる・・・・・・。
いや待てよ!もしかして、とんでもない球投げるかも!人は見た目じゃないっていうじゃないか。まずは投球を見てみよう。
そして、おっさんの番になった。
セットポジションから左足を上げる!
いや、上がらない!っていうか上げられない!?
足が上がらないからがに股に。
がに股から左足に重心移動!
いや、重心移動できない!
重心移動できないから棒立ちで手投げ。
山なりのボールがやっとキャッチャーミットに収まる。
いや、収まるというかキャッチャーが拾い上げてくれている。
「どう?僕のこん身の球!名づけて重力ボール!ハハハハハ!!」
・・・・・・・・・・
はっきりいって小学生の方がまだましだ。俺はこのおっさんと同じ土俵に立っているのか・・・・・・・。
勝負の年、今年のかける想い、何もかもが絶望的になった。
「いや~初めまして!君は甲子園くんでしょ!!いい名前だね~。
実は僕も息子が産まれたら名前を甲子園にしよう!って決めていたんだけど
妻の猛反対にあってね~ハハハッハハ!!
まぁ、今は娘2人だからね~。でもまだ諦めてないよ~
子ども9人で家族野球するのが夢なんだ~。
だからまだまだ顔晴らないとね~ハッハハハ!
ちなみに、頑張るじゃなく顔晴るの方だよ!ハハハハハ!!」
よし!これはきっと夢なんだ。きっとあまりのプレッシャーからくる一種の幻覚なんだ。きっとそうだ。
練習に集中だ。そしたらきっと我に返れる。とにかく後がない俺には練習しかないのだ!
しかし、どう集中しようとも目の前にはそのおっさんが立っている。いくらまばたきしてもそのおっさんは消えない。
消えるどころか、満面の笑顔で俺を見ている。
・・・・・・これから先どうなるのか。毎日、このおっさんと一緒に練習するのか。そんなんで俺は1軍上がれるのか。
あーーーーもう終わりだ・・・・・・・。
これが俺の運命を変えるおっさんとの出逢いだった。
つづく。
去年の契約時に言われた球団からの事実上の最終宣告。
甲子園出場もない無名の高校ながら、スカウトから将来性をかわれ、プロ野球育成選手としてはや3年がたつ。
自分でもわかっている。今年が勝負の年だということを。でも、それが逆にプレッシャーとなって不安ばかりが先走り、練習にも集中できず、いつもコーチに怒鳴られてはまた不安になり、と悪循環な日々が続いていた。
実はそれだけじゃない。最大のプレッシャーの原因は名前だ。
俺の名前は「金城 甲子園」
大の野球好きの父が男の子が産まれたら絶対につけると決めて、つけられた名前だ。
その父親に育てられたからには野球漬けの環境になるのは間違いなく、おれ自身も野球というスポーツは好きなのだが、父の期待には応えられず、甲子園出場はならなかった。でも、もうすこしで一流のプロ野球選手としてマウンドに立つところまでにはなった。
でも、ここからはそう甘くない。入団当時は名前だけで話題になり、マスコミにも騒がれたが、俺自身はそれがプレッシャーになり、まったく結果が伴わない。もしかして、球団も最初から話題づくりのために俺を指名したのか!?と不安になってはまた悪循環にはまる。
そんな負のスパイラルから抜け出せない中、今年の新人との初めての練習の日がやってきた。
今年は3人の育成選手がいるらしいが、正直人のことなんてどうでもいい。今年結果を出さないと!頭の中は自分のことでいっぱいなのだ。早いとこ紹介済まして、練習しないと。そう思いながら新人を待っていたその時!!3人の中の端っこに新人らしからぬ人が立っていた。
「初めまして!比嘉 オサム、38歳。妻1人、娘2人。あっ!妻1人は当たり前か!ハハハハハ!!よろしくお願いします!」
・・・・・・・・・・・
開いた口がふさがらない、目が点になる、どんな表現をしていいのかもわからないぐらい全員が凍りづいた・・・・・。
はぁ!?38歳!?ちょちょっと待て!いくら育成でも38!?ありえないだろ!!!球団は何考えているんだ!!
球団広報担当にガンを飛ばすも、そいつはまだ固まったままだ。
ただ、そのおっさんだけはずっと笑い続けている。
ふと我に返ったコーチがパチンと手を叩き、それと同時にみんなも目が覚めた。
「おほんっ!え~今日からこの3人も含めて練習に励んでもらう。君たちは今はまだ育成選手だが、頑張り次第では1軍も夢ではない。私たちコーチ陣も君たちには将来性を感じている。私たちも一所懸命指導していく。今年こそ何としても1軍を勝ち取ってくれ!」
ウソつけ!!このおっさんに将来性が見えるか!!
この球団もしかして俺ら育成のやつらを見捨てたのか!
球団に対して不信感を抱いたのはおっさん以外全員である。
「では、練習を始めよう。投手はとりあえず自主トレ具合を確認したいから、マウンドでピッチングをしてもらおう」
投手陣がマウンドの近くで並んだ。俺の前には身長160cmのおっさんが並んでいる・・・・・・。
いや待てよ!もしかして、とんでもない球投げるかも!人は見た目じゃないっていうじゃないか。まずは投球を見てみよう。
そして、おっさんの番になった。
セットポジションから左足を上げる!
いや、上がらない!っていうか上げられない!?
足が上がらないからがに股に。
がに股から左足に重心移動!
いや、重心移動できない!
重心移動できないから棒立ちで手投げ。
山なりのボールがやっとキャッチャーミットに収まる。
いや、収まるというかキャッチャーが拾い上げてくれている。
「どう?僕のこん身の球!名づけて重力ボール!ハハハハハ!!」
・・・・・・・・・・
はっきりいって小学生の方がまだましだ。俺はこのおっさんと同じ土俵に立っているのか・・・・・・・。
勝負の年、今年のかける想い、何もかもが絶望的になった。
「いや~初めまして!君は甲子園くんでしょ!!いい名前だね~。
実は僕も息子が産まれたら名前を甲子園にしよう!って決めていたんだけど
妻の猛反対にあってね~ハハハッハハ!!
まぁ、今は娘2人だからね~。でもまだ諦めてないよ~
子ども9人で家族野球するのが夢なんだ~。
だからまだまだ顔晴らないとね~ハッハハハ!
ちなみに、頑張るじゃなく顔晴るの方だよ!ハハハハハ!!」
よし!これはきっと夢なんだ。きっとあまりのプレッシャーからくる一種の幻覚なんだ。きっとそうだ。
練習に集中だ。そしたらきっと我に返れる。とにかく後がない俺には練習しかないのだ!
しかし、どう集中しようとも目の前にはそのおっさんが立っている。いくらまばたきしてもそのおっさんは消えない。
消えるどころか、満面の笑顔で俺を見ている。
・・・・・・これから先どうなるのか。毎日、このおっさんと一緒に練習するのか。そんなんで俺は1軍上がれるのか。
あーーーーもう終わりだ・・・・・・・。
これが俺の運命を変えるおっさんとの出逢いだった。
つづく。
Posted by 大浜寅貴 at
19:33
│Comments(3)
2012年06月04日
第2話 おっさんの笑顔
「あ~頭が痛い…」
そうか、昨日は新人との親睦会という名の飲み会があったんだ。そこで飲み過ぎたんだった。
二日酔いの身体を起こし、水を一杯飲んで一息ついた時!はっと一瞬で目が覚めた!
あのおっさんが寝ている…
俺の部屋で…
これはどういうことなのか!?
なんであのおっさんが俺の部屋で寝てるんだ?
昨日の飲み会で何があったんだ?
あれこれ考えている時、「おはよー」とおっさんが起きてきた。
「おはよー!今日も素敵な1日の始まりだね。今日も楽しくやっていこう!ハハハハハハ!」
朝一番からなんだこのハイテンションは!?
「あっ、おはようございます。あの~なんで僕の部屋で寝てるんですか?」
「いやだな~甲子園くん!昨日の親睦会のこと覚えてないの~ハハハッハ」
昨日何があったんだ!?
だんだんと昨日の記憶がよみがえってくる。
背水の陣の俺にとってこんな親睦会なんて楽しめるわけがない。しかもここにいる奴らはみんな俺の敵なんだ。こいつらよりも真っ先に俺は1軍に上がるんだ。そんな敵同士で親睦もへったくれもあるか!
俺はぶつぶつ言いながらやけ酒気味に酒を飲んでいた。
そこへおっさんがニコニコしながらやってきて、俺の目の前に腰を下ろした。
「やぁ!甲子園くん!!これから一緒に顔晴って1軍を目指そうね!ハハッハハハ!」
とグラスを出して乾杯を求めてきた。俺はため息交じりで軽く乾杯をし、なるべくそのおっさんから顔を背けた。
でも、おっさんは常に俺の視界に入ってくる。しかも満面の笑みで。
なんだこのおっさん。もしかして、そっち系か?
やたらと俺に絡んでくるが、俺は適当な相槌をして酒を飲んでいた。いや、飲んだというかやけになり酒を流し込んでいた。
そこへコーチがやってきた。
「おう!お前ら仲いいな~。そうだ甲子園!そのおっさんと一緒の部屋にしたらどうだ。お前の部屋は2人部屋を1人で使っていたからな、ちょうどいい!!そうしよう!!寮長には俺から言っとくよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・
コーチの言葉を聴き終わった辺りから記憶が無い…。
酒の飲みすぎもあると思うが、あれはあまりのショックで失神したに違いない…。
このおっさんとルームメイトとして1軍を目指す。
「ハハハハハハ!!」
もうこれは笑うしかない。俺は狂ったように笑い飛ばした。
「おう!うれしいね~!!そうそう、笑うことはとても大切なことなんだよ~。いつも笑顔でいれば、楽しいこと・嬉しいことを引き寄せるんだ!だからどんな時にも笑顔!ハハハハハハハ!!」
「うるさい!!!!」
俺の怒りのリミッターがついに外れた。
「だいたい38のおっさんが何で育成入団できるんだ!!ピッチングも大した事ないし!!いつもゲラゲラ笑ってるだけなくせに!!俺はもう今年しかないんだ!!お前みたいなおっさんにいちいちかまってられねぇんだよ!!!」
溜まりに溜まった感情が一気に噴き出した。
俺は練習道具を持って部屋から飛び出した。まだ興奮が収まらず、息をハァハァ言わせながら練習場へ向かった。
いつもより早めに着いた俺はまだ誰もいない練習場を1人ランニングしながら気持ちを落ち着かせていた。
そして、身体を動かすことで冷静さを取り戻していた。
「あ~、ついあんなこと言ってしまったけど、さすがに言い過ぎたな~。相手は俺より一回り以上も年上なのに…。」
そうこうしているうちに、ぞくぞくと選手が集まり、ウォーミングアップを始めた。その中におっさんもいた。
「さすがにおっさんも傷ついているだろうな~」と思い、おっさんを見ると、まったく傷ついた様子も無く相変わらずの笑顔でゲラゲラ笑っている。
それを見て、また怒りが込上げてきそうになったが、言い過ぎたという申し訳ない感情の方が優り、素直に謝ろうと思った。
「あ、あの~先ほどは申し訳ありませんでした。年上の方にあんな言い方を…。どうも最近、焦りとプレッシャーで自分自身のコントロールができなくて…八つ当たりしてしまいました。すみませんでした…。」
深々と頭を下げた暗い表情をしている俺を見ておっさんが言った。
「いいんだよ!ぜんぜん気にしてないよ!ハハハハハ!!」
また豪快に笑っている。俺みたいな若造にあんなこと言われたのに、怒るどころか笑い飛ばしている。
俺はついおっさんに聴いてみた。
「あの~どうしてそんなに笑っていられるんですか?」
「甲子園くん、朝も言ったけど笑顔はとても大切なことなんだよ。」
そういえば、笑顔がどうだこうだと言っていたけど、あまりにも興奮してよく聴いていなかった。
「人は今の現実を自分で引き寄せているんだよ。だから、いつも暗く不機嫌な人は不機嫌になる現象を引き寄せる。いつも怒っている人は怒るような現象を引き寄せる。いつも楽しく笑っている人は楽しい現象を引き寄せる。だったら、いつも笑顔で笑っていた方がいいよね~ハハハハハハハ!!」
「でも、俺は正直笑えないッス。今年結果を出さないとクビになってしまうし、人一倍練習してもまったく結果が出ないし…。」
「だからこそ笑うんだよ!笑顔で練習するんだよ!今までの結果も自分で引き寄せたんだよ。だったら笑顔でいようよ。そしたら、楽しいことがどんどん起こるよ!」
「しかも、笑顔はタダだからね!お金かからないし!ほら、マックのメニューにもスマイル0円ってあるしね!ハハハハハハ!!」
笑顔で練習。そんなこと考えたこともなかった。でもたしかにおっさんの言うことは納得できる。
俺はいつも下を向いて必死にやってきた。笑顔とは無縁になっていた。だから、下を向くばかりの結果だったのか…。
気がついた時、俺はおっさんの言葉に引き込まれていた。
そして、少しだけ笑顔になっている自分に気がついたのだ。
つづく。
そうか、昨日は新人との親睦会という名の飲み会があったんだ。そこで飲み過ぎたんだった。
二日酔いの身体を起こし、水を一杯飲んで一息ついた時!はっと一瞬で目が覚めた!
あのおっさんが寝ている…
俺の部屋で…
これはどういうことなのか!?
なんであのおっさんが俺の部屋で寝てるんだ?
昨日の飲み会で何があったんだ?
あれこれ考えている時、「おはよー」とおっさんが起きてきた。
「おはよー!今日も素敵な1日の始まりだね。今日も楽しくやっていこう!ハハハハハハ!」
朝一番からなんだこのハイテンションは!?
「あっ、おはようございます。あの~なんで僕の部屋で寝てるんですか?」
「いやだな~甲子園くん!昨日の親睦会のこと覚えてないの~ハハハッハ」
昨日何があったんだ!?
だんだんと昨日の記憶がよみがえってくる。
背水の陣の俺にとってこんな親睦会なんて楽しめるわけがない。しかもここにいる奴らはみんな俺の敵なんだ。こいつらよりも真っ先に俺は1軍に上がるんだ。そんな敵同士で親睦もへったくれもあるか!
俺はぶつぶつ言いながらやけ酒気味に酒を飲んでいた。
そこへおっさんがニコニコしながらやってきて、俺の目の前に腰を下ろした。
「やぁ!甲子園くん!!これから一緒に顔晴って1軍を目指そうね!ハハッハハハ!」
とグラスを出して乾杯を求めてきた。俺はため息交じりで軽く乾杯をし、なるべくそのおっさんから顔を背けた。
でも、おっさんは常に俺の視界に入ってくる。しかも満面の笑みで。
なんだこのおっさん。もしかして、そっち系か?
やたらと俺に絡んでくるが、俺は適当な相槌をして酒を飲んでいた。いや、飲んだというかやけになり酒を流し込んでいた。
そこへコーチがやってきた。
「おう!お前ら仲いいな~。そうだ甲子園!そのおっさんと一緒の部屋にしたらどうだ。お前の部屋は2人部屋を1人で使っていたからな、ちょうどいい!!そうしよう!!寮長には俺から言っとくよ」
・・・・・・・・・・・・・・・・
コーチの言葉を聴き終わった辺りから記憶が無い…。
酒の飲みすぎもあると思うが、あれはあまりのショックで失神したに違いない…。
このおっさんとルームメイトとして1軍を目指す。
「ハハハハハハ!!」
もうこれは笑うしかない。俺は狂ったように笑い飛ばした。
「おう!うれしいね~!!そうそう、笑うことはとても大切なことなんだよ~。いつも笑顔でいれば、楽しいこと・嬉しいことを引き寄せるんだ!だからどんな時にも笑顔!ハハハハハハハ!!」
「うるさい!!!!」
俺の怒りのリミッターがついに外れた。
「だいたい38のおっさんが何で育成入団できるんだ!!ピッチングも大した事ないし!!いつもゲラゲラ笑ってるだけなくせに!!俺はもう今年しかないんだ!!お前みたいなおっさんにいちいちかまってられねぇんだよ!!!」
溜まりに溜まった感情が一気に噴き出した。
俺は練習道具を持って部屋から飛び出した。まだ興奮が収まらず、息をハァハァ言わせながら練習場へ向かった。
いつもより早めに着いた俺はまだ誰もいない練習場を1人ランニングしながら気持ちを落ち着かせていた。
そして、身体を動かすことで冷静さを取り戻していた。
「あ~、ついあんなこと言ってしまったけど、さすがに言い過ぎたな~。相手は俺より一回り以上も年上なのに…。」
そうこうしているうちに、ぞくぞくと選手が集まり、ウォーミングアップを始めた。その中におっさんもいた。
「さすがにおっさんも傷ついているだろうな~」と思い、おっさんを見ると、まったく傷ついた様子も無く相変わらずの笑顔でゲラゲラ笑っている。
それを見て、また怒りが込上げてきそうになったが、言い過ぎたという申し訳ない感情の方が優り、素直に謝ろうと思った。
「あ、あの~先ほどは申し訳ありませんでした。年上の方にあんな言い方を…。どうも最近、焦りとプレッシャーで自分自身のコントロールができなくて…八つ当たりしてしまいました。すみませんでした…。」
深々と頭を下げた暗い表情をしている俺を見ておっさんが言った。
「いいんだよ!ぜんぜん気にしてないよ!ハハハハハ!!」
また豪快に笑っている。俺みたいな若造にあんなこと言われたのに、怒るどころか笑い飛ばしている。
俺はついおっさんに聴いてみた。
「あの~どうしてそんなに笑っていられるんですか?」
「甲子園くん、朝も言ったけど笑顔はとても大切なことなんだよ。」
そういえば、笑顔がどうだこうだと言っていたけど、あまりにも興奮してよく聴いていなかった。
「人は今の現実を自分で引き寄せているんだよ。だから、いつも暗く不機嫌な人は不機嫌になる現象を引き寄せる。いつも怒っている人は怒るような現象を引き寄せる。いつも楽しく笑っている人は楽しい現象を引き寄せる。だったら、いつも笑顔で笑っていた方がいいよね~ハハハハハハハ!!」
「でも、俺は正直笑えないッス。今年結果を出さないとクビになってしまうし、人一倍練習してもまったく結果が出ないし…。」
「だからこそ笑うんだよ!笑顔で練習するんだよ!今までの結果も自分で引き寄せたんだよ。だったら笑顔でいようよ。そしたら、楽しいことがどんどん起こるよ!」
「しかも、笑顔はタダだからね!お金かからないし!ほら、マックのメニューにもスマイル0円ってあるしね!ハハハハハハ!!」
笑顔で練習。そんなこと考えたこともなかった。でもたしかにおっさんの言うことは納得できる。
俺はいつも下を向いて必死にやってきた。笑顔とは無縁になっていた。だから、下を向くばかりの結果だったのか…。
気がついた時、俺はおっさんの言葉に引き込まれていた。
そして、少しだけ笑顔になっている自分に気がついたのだ。
つづく。
Posted by 大浜寅貴 at
19:31
│Comments(2)
2012年06月06日
第3話 正しいより楽しい
俺たち育成の奴らはシーズンが始まっても公式試合とは無縁で、とにかく練習、練習の毎日だ。今までもコーチの目に留まった者が2軍へ昇格したが、結果が出ず2軍でも控え組だったり、球団からお荷物扱いをうけ、やめていった者だったり・・・。実は、この球団で育成から1軍で活躍した者は1人もおらず、「どうせ無理」感が漂っている毎日だった。とにかく、そういう暗い雰囲気が流れながらの練習だった。
だけど、おっさんがやってきてから何かほんの少しだけ明るい雰囲気の練習に変わってきている。
おっさんが言っていた笑顔の効果なのか?俺だけじゃなく、みんなの顔が少しずつ笑顔になってきている。
みんなが笑顔になるだけでこんなにも変わるものなのか?
まあ、暗いよりは明るい雰囲気で練習するのは悪い気はしない。俺はいつもより少し前向きな気分で練習を始めた。
とは言っても、それだけでちょく結果が出るわけもなく、相変わらずコーチのシゴキにあっていた。ブルペンのキャッチャーの後ろに眉間にしわを寄せたコーチが腕を組んで立っている。投げるたびにため息をつかれては、ますます不安になり球に力が入らない。挙句の果てにはコーチ陣と何やら話している。もしかしてクビか!?そんなことを考え出したらもう笑顔どころではない。せっかく前向きかけたのに・・・また後退してしまった・・・・。
そんな俺を見ておっさんが声をかけてきた。
「甲子園くんはストレートと変化球どっちが好き?」
・・・・・・・え!?
いきなり意表をつかれた質問に面食らった。
「どっ、どっちが好きっていわれても・・・・・どっちもピッチャーにとって大切ですから・・・・・」
「じゃあ~ストレートと変化球、どっちで三振取ったほうがワクワクする?」
「そりゃ~ストレートでズバっと三振取るほうが気持ちイイッスね~」
「じゃあストレートだけを徹底的に練習しようよ!」
「え!?でもやっぱり、どっちも大切だからストレートばかりに練習時間かけられないッスよ。両方バランスよく練習した方が
いいと思うんッスけど。新しい球種も増やさないといけないし」
「うん!たしかにそれは正しい練習だね。でも、ときには何かを選択する場合、正しいよりも楽しい方を選んだ方が結果的にいいこともあるんだよ。なにより楽しい感情で練習すれば、自然と笑顔になるしね。自分の自慢のストレートでバッシバシ三振取ってる姿イメージしてごらん」
「なんかニヤニヤしますね!」
「でしょう!!だったら、自分がワクワクするストレートをもっともっと磨こうよ!その方が楽しいでしょ!!楽しくなければ野球じゃない!!ハハハハハハハハ!!」
おっさんは笑いながら去っていった。おっさんが去ったあとも、しばらくおっさんが言っていたことを考えてみた・・・・・
正しい選択より、楽しい選択。
たしかに俺は今まで正しいことばかりやってきた気がする。楽しい感覚で野球をやったのは小学生の低学年のころぐらいだろう。年を重ねるにつれて、いつしか楽しい野球より正しい(勝つ)野球になってきた。そのことをまったく疑ったこともなかった。
そういえば昔にイチローの本を読んだことがあったけど、周りの人がとてもハードな練習に「大変」とか「苦労」と感じていても、当の本人にはそんな感覚がまったくなく、むしろ楽しんで野球をしている。だから今の僕がある、とか書いてあったな。
その時は、俺にはそんな苦労に耐える自信がない、イチローだからできるんだ、と思い込んでいたが・・・・・今なら何となくわかる気がする。
正しい選択より楽しい選択→苦労・努力を感じない精神
そんな図式が俺の脳裏にやきついた。
つづく。
だけど、おっさんがやってきてから何かほんの少しだけ明るい雰囲気の練習に変わってきている。
おっさんが言っていた笑顔の効果なのか?俺だけじゃなく、みんなの顔が少しずつ笑顔になってきている。
みんなが笑顔になるだけでこんなにも変わるものなのか?
まあ、暗いよりは明るい雰囲気で練習するのは悪い気はしない。俺はいつもより少し前向きな気分で練習を始めた。
とは言っても、それだけでちょく結果が出るわけもなく、相変わらずコーチのシゴキにあっていた。ブルペンのキャッチャーの後ろに眉間にしわを寄せたコーチが腕を組んで立っている。投げるたびにため息をつかれては、ますます不安になり球に力が入らない。挙句の果てにはコーチ陣と何やら話している。もしかしてクビか!?そんなことを考え出したらもう笑顔どころではない。せっかく前向きかけたのに・・・また後退してしまった・・・・。
そんな俺を見ておっさんが声をかけてきた。
「甲子園くんはストレートと変化球どっちが好き?」
・・・・・・・え!?
いきなり意表をつかれた質問に面食らった。
「どっ、どっちが好きっていわれても・・・・・どっちもピッチャーにとって大切ですから・・・・・」
「じゃあ~ストレートと変化球、どっちで三振取ったほうがワクワクする?」
「そりゃ~ストレートでズバっと三振取るほうが気持ちイイッスね~」
「じゃあストレートだけを徹底的に練習しようよ!」
「え!?でもやっぱり、どっちも大切だからストレートばかりに練習時間かけられないッスよ。両方バランスよく練習した方が
いいと思うんッスけど。新しい球種も増やさないといけないし」
「うん!たしかにそれは正しい練習だね。でも、ときには何かを選択する場合、正しいよりも楽しい方を選んだ方が結果的にいいこともあるんだよ。なにより楽しい感情で練習すれば、自然と笑顔になるしね。自分の自慢のストレートでバッシバシ三振取ってる姿イメージしてごらん」
「なんかニヤニヤしますね!」
「でしょう!!だったら、自分がワクワクするストレートをもっともっと磨こうよ!その方が楽しいでしょ!!楽しくなければ野球じゃない!!ハハハハハハハハ!!」
おっさんは笑いながら去っていった。おっさんが去ったあとも、しばらくおっさんが言っていたことを考えてみた・・・・・
正しい選択より、楽しい選択。
たしかに俺は今まで正しいことばかりやってきた気がする。楽しい感覚で野球をやったのは小学生の低学年のころぐらいだろう。年を重ねるにつれて、いつしか楽しい野球より正しい(勝つ)野球になってきた。そのことをまったく疑ったこともなかった。
そういえば昔にイチローの本を読んだことがあったけど、周りの人がとてもハードな練習に「大変」とか「苦労」と感じていても、当の本人にはそんな感覚がまったくなく、むしろ楽しんで野球をしている。だから今の僕がある、とか書いてあったな。
その時は、俺にはそんな苦労に耐える自信がない、イチローだからできるんだ、と思い込んでいたが・・・・・今なら何となくわかる気がする。
正しい選択より楽しい選択→苦労・努力を感じない精神
そんな図式が俺の脳裏にやきついた。
つづく。
Posted by 大浜寅貴 at
22:20
│Comments(2)
2012年06月09日
第4話 長所伸展
ストレート中心の練習に変えてから、練習時間があっという間に感じた。子どもの頃、友だちと遊んでいる時間は短く感じ、算数の時間は長く感じたのと同じだった。やっぱり楽しいことをやるというのはそれだけ集中した意味ある時間を過ごしたということなのか。毎日の練習が楽しみでしょうがない。小学生の頃のヘタだったがみんなで楽しんでやっていた野球の記憶がよみがえってきた。
そうだ!この感覚は!!
俺は昔からストレート勝負が好きだった。先輩キャッチャーの変化球のサインに生意気にも首を振り怒られたこともあった。でもそれぐらいストレートを投げることが快感だった。・・・・いつからだろうか?ストレートに快感を感じなくなったのは・・・・
中学・高校と枠にはまったいわゆる常識的な練習を余儀なくされ、いつしか忘れてしまったんだ。それでもプロの育成としてスカウトされたからそれでいいと思っていたんだ。感情とかメンタルとかそういうものよりも、技術向上ばかり追い求めてやってきたが、今改めておっさんの言葉からとても大切な学びを得たことに気がついた。
俺はおっさんにお礼がいいたくておっさんを探した。いつも豪快に笑っているのでどこにいるのかはすぐにわかった。
「あの、オサムさん!何か大切なことを気づかせてくれてありがとうございます!!」
俺は笑顔でお礼を言った。
「いや~なに~甲子園くん、改まってさ~。それにオサムさんだなんて~おっさんでいいよ~」
「い、いや、おっさんだなんて、とんでもないです!」
「そのおっさんじゃなくて、オサムだからおっさんでいいんだよ~。昔からおっさんっていうあだ名で呼ばれていたんだよ~。まぁ~今は年齢的にもおっさんだしね!ハハハハハハハハ!!」
「ところで、僕は何もお礼をいわれること言っちゃいないよ。大事なのは甲子園くん自身が気づいたことなんだよ。だから自分を褒めようよ!俺最幸!!ってね。ハハハハハハ!」
返す言葉も無い。ただただおっさんの魅力に引き込まれるだけだった。
「ところで最近調子良さそうだね~」
「そうなんですよ!ストレート中心の練習に切り替えてから調子いいッス!ありがとうございます!!」
「だから僕は何もしてないよ~ハハッハハ!で、ストレート中心の練習で調子いいってことは、甲子園くんは昔からストレートが好きだったんじゃない?」
「ど、どうして知っているんですか?僕もつい最近まで忘れていたことなのに!?」
「いや~人はさ、長所伸展でやる時が一番輝いているんだよ~」
「長所伸展!?・・・・ですか?」
「そう、自分の長所を伸ばす長所伸展でね!」
「でも、昔から学校とかで短所克服を重視する教育を受け続けてきたでしょう。“カッとしやすい”とか"責任感が無い”とか“ふざけている”とか。で、それらを直しなさい!ってね。短所ばかりフォーカスされてきたから変なクセついちゃってね~。だって自分の短所を指摘されたらどう思う?」
「正直、凹みますね・・・・」
「そうでしょう。凹んだあと立ち直れればいいんだけど、その時にまた凹まされて・・・・。出る杭は打たれるみたいなね」
俺は中学時代を思い出していた。勉強はあまり得意ではないが、比較的英語は好きだった。将来、メジャーリーガーになるのが夢だったこともあったのだろう。でも、三者面談の時に担任から言われることはいつも苦手な数学のことばかりだった。もっと数学を勉強しろ!と・・・・・・
「出る杭は打たれる、なら誰も打てないぐらい出過ぎた杭になろうよ!それが長所伸展で輝いている今の甲子園くんだよ!!ハハハハハハハ!!」
誰も打てないぐらい出過ぎた杭。まだそこまではいってないにしても、少しは近づいているように感じた。それぐらい自信につながるおっさんの言葉だった。
「それに自分の長所を伸ばすことは、実は短所克服にもつながっているんだよ!」
「え!?そうなんですか?」
またまた興味津々だ!
「例えば、甲子園くんの長所であるストレートの練習も、ちゃんと変化球の練習にもなっているんだよ」
「そ!そうなんですか!!!」
「ストレートで空振りを取れるピッチャーってただ球が速いだけじゃないよね。球のキレ・初速と終速の差・リリースポイント・コントロールなどなど、全てにおいてトップレベルにならないとなかなか空振りは取れないよね」
「たしかにそうですね。プロの打者相手だと速いだけでは打たれることもありますね」
「だからそれらを徹底的に磨く練習をする。今の甲子園くんのようにね」
「で、実際ストレートの練習としてやっているんだけど、それらすべてが自分に身についたとしたら?」
「そうか!あとは球の握りを変えるだけで変化球になっちゃうのか!!」
おっさんは満面の笑みでうなずいている。
鳥肌が立ってきた!それと同時に興奮が湧き上がってきて
「おっさん!いろんなこともっと教えて欲しいッス!!!」
と、おっさんの腕にしがみついて離れなかった。あまりの興奮でおっさん呼ばわりしていることなど気づかずに。
「ハハハハハハ!!若いっていいね~!よし、明日は練習休みだし飲みにでも行こうか」
「はい!!!」
一回り以上も年上のおっさんに誘われて、こんなワクワクする同世代はいないだろうと思いながら練習をあとにした。
つづく。
http://www.webstation.jp/syousetu/rank.cgi?mode=r_link&id=6283
そうだ!この感覚は!!
俺は昔からストレート勝負が好きだった。先輩キャッチャーの変化球のサインに生意気にも首を振り怒られたこともあった。でもそれぐらいストレートを投げることが快感だった。・・・・いつからだろうか?ストレートに快感を感じなくなったのは・・・・
中学・高校と枠にはまったいわゆる常識的な練習を余儀なくされ、いつしか忘れてしまったんだ。それでもプロの育成としてスカウトされたからそれでいいと思っていたんだ。感情とかメンタルとかそういうものよりも、技術向上ばかり追い求めてやってきたが、今改めておっさんの言葉からとても大切な学びを得たことに気がついた。
俺はおっさんにお礼がいいたくておっさんを探した。いつも豪快に笑っているのでどこにいるのかはすぐにわかった。
「あの、オサムさん!何か大切なことを気づかせてくれてありがとうございます!!」
俺は笑顔でお礼を言った。
「いや~なに~甲子園くん、改まってさ~。それにオサムさんだなんて~おっさんでいいよ~」
「い、いや、おっさんだなんて、とんでもないです!」
「そのおっさんじゃなくて、オサムだからおっさんでいいんだよ~。昔からおっさんっていうあだ名で呼ばれていたんだよ~。まぁ~今は年齢的にもおっさんだしね!ハハハハハハハハ!!」
「ところで、僕は何もお礼をいわれること言っちゃいないよ。大事なのは甲子園くん自身が気づいたことなんだよ。だから自分を褒めようよ!俺最幸!!ってね。ハハハハハハ!」
返す言葉も無い。ただただおっさんの魅力に引き込まれるだけだった。
「ところで最近調子良さそうだね~」
「そうなんですよ!ストレート中心の練習に切り替えてから調子いいッス!ありがとうございます!!」
「だから僕は何もしてないよ~ハハッハハ!で、ストレート中心の練習で調子いいってことは、甲子園くんは昔からストレートが好きだったんじゃない?」
「ど、どうして知っているんですか?僕もつい最近まで忘れていたことなのに!?」
「いや~人はさ、長所伸展でやる時が一番輝いているんだよ~」
「長所伸展!?・・・・ですか?」
「そう、自分の長所を伸ばす長所伸展でね!」
「でも、昔から学校とかで短所克服を重視する教育を受け続けてきたでしょう。“カッとしやすい”とか"責任感が無い”とか“ふざけている”とか。で、それらを直しなさい!ってね。短所ばかりフォーカスされてきたから変なクセついちゃってね~。だって自分の短所を指摘されたらどう思う?」
「正直、凹みますね・・・・」
「そうでしょう。凹んだあと立ち直れればいいんだけど、その時にまた凹まされて・・・・。出る杭は打たれるみたいなね」
俺は中学時代を思い出していた。勉強はあまり得意ではないが、比較的英語は好きだった。将来、メジャーリーガーになるのが夢だったこともあったのだろう。でも、三者面談の時に担任から言われることはいつも苦手な数学のことばかりだった。もっと数学を勉強しろ!と・・・・・・
「出る杭は打たれる、なら誰も打てないぐらい出過ぎた杭になろうよ!それが長所伸展で輝いている今の甲子園くんだよ!!ハハハハハハハ!!」
誰も打てないぐらい出過ぎた杭。まだそこまではいってないにしても、少しは近づいているように感じた。それぐらい自信につながるおっさんの言葉だった。
「それに自分の長所を伸ばすことは、実は短所克服にもつながっているんだよ!」
「え!?そうなんですか?」
またまた興味津々だ!
「例えば、甲子園くんの長所であるストレートの練習も、ちゃんと変化球の練習にもなっているんだよ」
「そ!そうなんですか!!!」
「ストレートで空振りを取れるピッチャーってただ球が速いだけじゃないよね。球のキレ・初速と終速の差・リリースポイント・コントロールなどなど、全てにおいてトップレベルにならないとなかなか空振りは取れないよね」
「たしかにそうですね。プロの打者相手だと速いだけでは打たれることもありますね」
「だからそれらを徹底的に磨く練習をする。今の甲子園くんのようにね」
「で、実際ストレートの練習としてやっているんだけど、それらすべてが自分に身についたとしたら?」
「そうか!あとは球の握りを変えるだけで変化球になっちゃうのか!!」
おっさんは満面の笑みでうなずいている。
鳥肌が立ってきた!それと同時に興奮が湧き上がってきて
「おっさん!いろんなこともっと教えて欲しいッス!!!」
と、おっさんの腕にしがみついて離れなかった。あまりの興奮でおっさん呼ばわりしていることなど気づかずに。
「ハハハハハハ!!若いっていいね~!よし、明日は練習休みだし飲みにでも行こうか」
「はい!!!」
一回り以上も年上のおっさんに誘われて、こんなワクワクする同世代はいないだろうと思いながら練習をあとにした。
つづく。
http://www.webstation.jp/syousetu/rank.cgi?mode=r_link&id=6283
Posted by 大浜寅貴 at
01:02
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2012年06月14日
第5話 ぶっ飛んだ夢
さすがに週末ともなると夜の繁華街はにぎやかだ。年代的には40~50代のサラリーマンといったところか。俺のような20代前半の若造の姿はあまり見られない。最近ではオシャレなBarやカラオケに若者は集まる。そんな若者とはまるで区別されたかのような年配層が集まる空間に感じた。でもこの感じは嫌いではなかった。なんか安心感を感じる空気が漂っているように思えた。
そんな空間の中のおっさんの行きつけの店に案内された。やっぱりおっさんぐらいの年齢のなると行きつけの店を2,3店もっているのか。俺はこの“行きつけの店”に密かに憧れを抱いていた。ちょっと行きつけの店で一杯!なんてカッコイイ夜の大人像みたいに思っていた。
「さあここだよ」とおっさんに案内された店はなんと席が3席ほどしかないやきとり屋台だった。おれは思わず「おおー!」と感嘆の声をあげた。いつも駅前にある屋台が気になっていたからだ。「なんか屋台で飲むっていいなあ~」と思いつつも、俺みたいな若造には入る勇気がなかった。ただ今日はおっさんと一緒だから堂々とのれんをくぐった。
「おう!いらっしゃい!席空けといたよ。おう!?今日はずいぶん若いの連れて来たな~」
俺は軽く会釈をして席に座った。席空けといたってことはおっさんは予約しててくれたんだ。まるでこういう雰囲気の屋台に行きたかった俺の内心を知っていたかのようなシチュエーションだった。
「親父さん!まずは生2つね!それと適当に見繕って!」
おお!このおっさんの言葉にも憧れがあった。“適当に見繕って”ってカッコイイ!!
やきとりのなんともいえない香ばしい匂いの中、ガンガンに冷えた生ビールで乾杯をした。
俺はおっさんからいろんなことを聴きたいと思いながらも、どう切り出していいかわからず、ちょっと酒の力を借りようと一気に飲み乾しおかわりをした。そんな俺を笑顔で見ながらおっさんもグビグビ飲んでいる。
「ここの串は最幸なんだよ!特にレバーがたまらないんだよ!!昔食べたパッサパサのニラレバでレバー嫌いだったんだけど、ここのレバー食べてから大好物になっちゃったんだ!」
「あの~それを言うならレバニラじゃないッスか?」
「ん?あの料理てニラレバって言うんじゃないの?」
レバニラか!?ニラレバか!?
そんなどうでもいいことで話が盛り上がり、酒のペースも上がっていった。
1時間ほど、たわいも無い話をしているうちにほろ酔いになってきた。おっさんは顔が赤くなってきている。このままだと酔い潰れてしまうかもしれない!その前に練習方法についてもっとアドバイスをもらいたいと思っていた矢先、おっさんが口を開いた。
「お昼にピッチャーは球速だけじゃないっていったけど、やっぱりピッチャーの醍醐味は球速だよね~」
「そうッスね!150km/hをバシバシ投げているピッチャーはカッコイイですしね」
「うん!カッコイイよね~、で甲子園くんは何km/hぐらい出したい?」
「まぁ~今は140km/h半ばですから、やっぱり150km/hは出したいですね」
「そうか!じゃ~200km/h目指そうか!!」
「はひ!?に、200km/h!?む、無理ですよ!っていうか人間的に無理ですって!!」
「ハハハハハ!!ごめん~!そういう意味じゃないんだよ。僕が言いたいのは、まずは自分の中にある“どうせ無理”をぶっ飛ばす意味で“ぶっ飛んだ夢”を設定することなんだよ」
「ぶっ飛んだ夢・・・・・ですか?」
「そう!ぶっ飛んだ夢! 僕のぶっ飛んだ夢はアメリカ大統領になること!!!日本人が日本の総理大臣になることはただの夢、日本人なのにアメリカの大統領になることがぶっ飛んだ夢なんだ!」
「おっさんがアメリカ大統領・・・・ぷっ!!あっ!すみません、でも想像できないッスよ~」
「うん確かに(笑)、でもね実はここからが重要なんだけど、そのぶっ飛んだ夢を周りの人は決して否定しないんだ。ウソでもいいから“お前ならできる!!”って応援するんだよ!ウソでいいんだよ~ハハハハッハハハ!!」
「200km/h出す!って宣言して応援されたらどう?」
「なんかできそうな気になりますね!」
「そう!その感覚が大事なんだよ~」
「そして、最も重要なのは200km/h出すという結果じゃなくて、その結果にたどり着くまでの過程、プロセスなんだ。例えば、お金持ちになるという夢を、宝くじで1億円当たって叶えたとしても、その人は果たして夢が叶って幸せと感じるのかな?やっぱり、お金持ちという結果に行き着くまでの過程の中で、人はいろんな気づきや学び、時には失敗も経験して成長し続け、気がついたらお金持ちになっちゃった!!っていうほうが幸せな生き方だと思うんだよね~あっ!親父さんおかわり!!」
「なるほど!プロセス・・・・か、じゃあ~俺のぶっ飛んだ夢はホームラン60本打ちます!ピッチャーなのに!」
「おう!いいね~甲子園くんならできる!!ハハハハハハ!!」
「よし!2人で思いっきりぶっ飛んだ夢を宣言しよう!」
「俺はアメリカ大統領になる!!!!!!」
いきなりおっさんが大声で叫んだ。周りを歩いているサラリーマンたちの視線が一気に屋台に集中した。が、おっさんは堂々としている。なぜかおれも羞恥心はなく、立ち上がり大声で叫んだ。
「俺はピッチャーなのにホームラン60本打ちま~す!!!!」
「おう!甲子園くんなら絶対できる!!!」
そういいながらおっさんも立ち上がった。
が・・・・・・、立ち上がった拍子におっさんの後ろポケットからサイフが落ちてそのまま排水溝へ!!!!
「・・・・・・・・・・甲子園くん、飲み代貸して」
つづく。
そんな空間の中のおっさんの行きつけの店に案内された。やっぱりおっさんぐらいの年齢のなると行きつけの店を2,3店もっているのか。俺はこの“行きつけの店”に密かに憧れを抱いていた。ちょっと行きつけの店で一杯!なんてカッコイイ夜の大人像みたいに思っていた。
「さあここだよ」とおっさんに案内された店はなんと席が3席ほどしかないやきとり屋台だった。おれは思わず「おおー!」と感嘆の声をあげた。いつも駅前にある屋台が気になっていたからだ。「なんか屋台で飲むっていいなあ~」と思いつつも、俺みたいな若造には入る勇気がなかった。ただ今日はおっさんと一緒だから堂々とのれんをくぐった。
「おう!いらっしゃい!席空けといたよ。おう!?今日はずいぶん若いの連れて来たな~」
俺は軽く会釈をして席に座った。席空けといたってことはおっさんは予約しててくれたんだ。まるでこういう雰囲気の屋台に行きたかった俺の内心を知っていたかのようなシチュエーションだった。
「親父さん!まずは生2つね!それと適当に見繕って!」
おお!このおっさんの言葉にも憧れがあった。“適当に見繕って”ってカッコイイ!!
やきとりのなんともいえない香ばしい匂いの中、ガンガンに冷えた生ビールで乾杯をした。
俺はおっさんからいろんなことを聴きたいと思いながらも、どう切り出していいかわからず、ちょっと酒の力を借りようと一気に飲み乾しおかわりをした。そんな俺を笑顔で見ながらおっさんもグビグビ飲んでいる。
「ここの串は最幸なんだよ!特にレバーがたまらないんだよ!!昔食べたパッサパサのニラレバでレバー嫌いだったんだけど、ここのレバー食べてから大好物になっちゃったんだ!」
「あの~それを言うならレバニラじゃないッスか?」
「ん?あの料理てニラレバって言うんじゃないの?」
レバニラか!?ニラレバか!?
そんなどうでもいいことで話が盛り上がり、酒のペースも上がっていった。
1時間ほど、たわいも無い話をしているうちにほろ酔いになってきた。おっさんは顔が赤くなってきている。このままだと酔い潰れてしまうかもしれない!その前に練習方法についてもっとアドバイスをもらいたいと思っていた矢先、おっさんが口を開いた。
「お昼にピッチャーは球速だけじゃないっていったけど、やっぱりピッチャーの醍醐味は球速だよね~」
「そうッスね!150km/hをバシバシ投げているピッチャーはカッコイイですしね」
「うん!カッコイイよね~、で甲子園くんは何km/hぐらい出したい?」
「まぁ~今は140km/h半ばですから、やっぱり150km/hは出したいですね」
「そうか!じゃ~200km/h目指そうか!!」
「はひ!?に、200km/h!?む、無理ですよ!っていうか人間的に無理ですって!!」
「ハハハハハ!!ごめん~!そういう意味じゃないんだよ。僕が言いたいのは、まずは自分の中にある“どうせ無理”をぶっ飛ばす意味で“ぶっ飛んだ夢”を設定することなんだよ」
「ぶっ飛んだ夢・・・・・ですか?」
「そう!ぶっ飛んだ夢! 僕のぶっ飛んだ夢はアメリカ大統領になること!!!日本人が日本の総理大臣になることはただの夢、日本人なのにアメリカの大統領になることがぶっ飛んだ夢なんだ!」
「おっさんがアメリカ大統領・・・・ぷっ!!あっ!すみません、でも想像できないッスよ~」
「うん確かに(笑)、でもね実はここからが重要なんだけど、そのぶっ飛んだ夢を周りの人は決して否定しないんだ。ウソでもいいから“お前ならできる!!”って応援するんだよ!ウソでいいんだよ~ハハハハッハハハ!!」
「200km/h出す!って宣言して応援されたらどう?」
「なんかできそうな気になりますね!」
「そう!その感覚が大事なんだよ~」
「そして、最も重要なのは200km/h出すという結果じゃなくて、その結果にたどり着くまでの過程、プロセスなんだ。例えば、お金持ちになるという夢を、宝くじで1億円当たって叶えたとしても、その人は果たして夢が叶って幸せと感じるのかな?やっぱり、お金持ちという結果に行き着くまでの過程の中で、人はいろんな気づきや学び、時には失敗も経験して成長し続け、気がついたらお金持ちになっちゃった!!っていうほうが幸せな生き方だと思うんだよね~あっ!親父さんおかわり!!」
「なるほど!プロセス・・・・か、じゃあ~俺のぶっ飛んだ夢はホームラン60本打ちます!ピッチャーなのに!」
「おう!いいね~甲子園くんならできる!!ハハハハハハ!!」
「よし!2人で思いっきりぶっ飛んだ夢を宣言しよう!」
「俺はアメリカ大統領になる!!!!!!」
いきなりおっさんが大声で叫んだ。周りを歩いているサラリーマンたちの視線が一気に屋台に集中した。が、おっさんは堂々としている。なぜかおれも羞恥心はなく、立ち上がり大声で叫んだ。
「俺はピッチャーなのにホームラン60本打ちま~す!!!!」
「おう!甲子園くんなら絶対できる!!!」
そういいながらおっさんも立ち上がった。
が・・・・・・、立ち上がった拍子におっさんの後ろポケットからサイフが落ちてそのまま排水溝へ!!!!
「・・・・・・・・・・甲子園くん、飲み代貸して」
つづく。
Posted by 大浜寅貴 at
22:39
│Comments(2)
2012年06月19日
第6話 今の自分の最大限を出す
「失礼します!!」
俺は元気よく、そして笑顔で会議室のドアを開いた。
今シーズンが始まって3ヵ月が経ったある日、俺は練習前にコーチに呼ばれた。前までなら、クビ宣告か!?とビクビクしていたが、今はちょっと違う。おっさんと出逢って自信がついたというか、前ほど不安になることが少なくなっていたのだ。そのおかげで、かなり充実した練習ができるようになっていた。
会議室の中には、育成コーチ陣と2軍監督の姿もあった!
「こ、これはもしや!?」
高まる興奮を抑えつつ、ただ顔は笑顔で直立不動で立った。
「君を正式に支配下登録選手として、我が球団に迎え入れる」
キターーーー!!!おもいっきりガッツポーズをしそうになった!が、ここは冷静に。
「とはいっても、まずは2軍でしっかりと実績をつくってもらわねばならない」
「ありがとうございます!!」
あまりうかれた姿を見せまいと冷静さを装おうとしたが、やっぱりうれしすぎてニヤニヤしてしまった。
「はっきりいって今までとは比べものにならないぐらい厳しいぞ!しっかりと引き締めて頼むぞ!!」
俺のニヤニヤ顔を見てか、2軍監督は厳しく俺を叱咤激励した。
いきなり1軍とはいかないにしても、確実に成長している自分を褒めたかった!俺は前に進んでいるんだ!2軍でもやっていける自信がある!そしてすぐにでも1軍だ!
が!!!その前向きな想いが一瞬で吹き飛んでしまった・・・・・・
2軍の練習に合流したその日、上昇気流から一転、下降気流で一気にどん底を味わってしまった。自分の想像を超えたハイレベルな練習。いや練習だけじゃない!選手一人ひとりの技術レベルがケタ違いなのだ!
「こんなにも差があるのか・・・・・」俺は今まさにプロ野球の現実に直視している感覚だった。このレベルで2軍だなんて・・・・。ついさっきまで1軍なんてぬかしてた自分が恥ずかしくなってきた・・・・・・
「おめでとう!!!2軍昇格ってね!!やっぱり甲子園くんはすごいよ!!」
帰ってきた俺をおっさんが出迎えてくれた。
「ん!?どうしたの?うれしくないの?」
「いや~はじめはうれしすぎて自分を褒めまくっていたんですけどね・・・・・。ここまでレベルの差を痛感させられると・・・・・。なんか情けなくなっちゃって・・・・・・」
俺の波動で一気に空気が曇り始めた。それを察知したのか、いきなりおっさんが大声で叫んだ。
「クイズ!!アタック25!!!パンパカパ~ン!!」
「問題です!ジャ~ジャン!!2人の農家がいます。Aさんは200㎡の畑を耕す力を持っていて、Bさんは20㎡しか耕す力を持っていません。でもAさんはいつも半分の100㎡分しか力を使わず、Bさんはいつも最大値の20㎡分の力を使っています。さて!どちらの農家がたくさん収穫できるでしょうか?アタックチャ~ンス!!」
いきなりハイテンションで問題を出してきた。しかも、拳をあげて児玉清のモノマネ付きで・・・・・
「そ、そりゃ~Aさんの方が広い面積耕しているからたくさん収穫できるんじゃないッスか」
「ん~残念!正解はBさん」
まだ児玉清のモノマネしている・・・・・・が、ぜんぜん似てない。
「確かにAさんの方が圧倒的に大きいよね。でもね、Aさんは自分の力の半分しか出していないんだよ。今はAさんの方がたくさん収穫できているけど、Aさんの力は100のまま。ところがBさんは自分の力をいつも最大限に出している。すると、Bさんはどんどん力をつけていくよね。今は20かもしれないけど、どんどん力をつけていき、50・100・200と自分の最大値が増えていくんだよ。だから、今の自分の最大限を出しているBさんの方が収穫も多くなっていくんだよ」
「人にはそれぞれ個性があるように、それぞれの力も違うんだよ。20の人もいれば、200の人もいる。400の人だっているかもしれない。2軍の選手には200も400もいるだろうけど、もし今甲子園くんが20の力しかなくても、その20の力を最大限に出してさえいればいいんじゃないかな。無理して400の人と張り合おうとすると空回りして、結局今自分の持っている最大限を出せなくなってしまう。20しかなくても20の力を毎日出していれば、いずれは50・100・200と力が増えていくんだから!」
「しかも甲子園くんの力は出逢った時からだいぶ増えていると思うよ!いつも自分の最大限を出し続けた結果、最大値が増えて2軍昇格できたんだから!自分を褒めていいんだよ!!ハハハハハハハ!!!!」
そうなのか!2軍とのレベルの差で自信をなくしていたが・・・・・そうなんだ!俺はまだ2軍でなにもやってないじゃないか!今俺が持っているものを最大限発揮すればいいんだ!周りのレベルに落ち込んだが、もう一度自分を見つめ直すいい機会になったんだ。
曇りが取れて晴れかけた俺の顔を見て
「よ~し今日はお祝いだ!!僕が美味しいの作ってあげよう!!」
おっさんははりきってキッチンへ向かった。
つづく。
俺は元気よく、そして笑顔で会議室のドアを開いた。
今シーズンが始まって3ヵ月が経ったある日、俺は練習前にコーチに呼ばれた。前までなら、クビ宣告か!?とビクビクしていたが、今はちょっと違う。おっさんと出逢って自信がついたというか、前ほど不安になることが少なくなっていたのだ。そのおかげで、かなり充実した練習ができるようになっていた。
会議室の中には、育成コーチ陣と2軍監督の姿もあった!
「こ、これはもしや!?」
高まる興奮を抑えつつ、ただ顔は笑顔で直立不動で立った。
「君を正式に支配下登録選手として、我が球団に迎え入れる」
キターーーー!!!おもいっきりガッツポーズをしそうになった!が、ここは冷静に。
「とはいっても、まずは2軍でしっかりと実績をつくってもらわねばならない」
「ありがとうございます!!」
あまりうかれた姿を見せまいと冷静さを装おうとしたが、やっぱりうれしすぎてニヤニヤしてしまった。
「はっきりいって今までとは比べものにならないぐらい厳しいぞ!しっかりと引き締めて頼むぞ!!」
俺のニヤニヤ顔を見てか、2軍監督は厳しく俺を叱咤激励した。
いきなり1軍とはいかないにしても、確実に成長している自分を褒めたかった!俺は前に進んでいるんだ!2軍でもやっていける自信がある!そしてすぐにでも1軍だ!
が!!!その前向きな想いが一瞬で吹き飛んでしまった・・・・・・
2軍の練習に合流したその日、上昇気流から一転、下降気流で一気にどん底を味わってしまった。自分の想像を超えたハイレベルな練習。いや練習だけじゃない!選手一人ひとりの技術レベルがケタ違いなのだ!
「こんなにも差があるのか・・・・・」俺は今まさにプロ野球の現実に直視している感覚だった。このレベルで2軍だなんて・・・・。ついさっきまで1軍なんてぬかしてた自分が恥ずかしくなってきた・・・・・・
「おめでとう!!!2軍昇格ってね!!やっぱり甲子園くんはすごいよ!!」
帰ってきた俺をおっさんが出迎えてくれた。
「ん!?どうしたの?うれしくないの?」
「いや~はじめはうれしすぎて自分を褒めまくっていたんですけどね・・・・・。ここまでレベルの差を痛感させられると・・・・・。なんか情けなくなっちゃって・・・・・・」
俺の波動で一気に空気が曇り始めた。それを察知したのか、いきなりおっさんが大声で叫んだ。
「クイズ!!アタック25!!!パンパカパ~ン!!」
「問題です!ジャ~ジャン!!2人の農家がいます。Aさんは200㎡の畑を耕す力を持っていて、Bさんは20㎡しか耕す力を持っていません。でもAさんはいつも半分の100㎡分しか力を使わず、Bさんはいつも最大値の20㎡分の力を使っています。さて!どちらの農家がたくさん収穫できるでしょうか?アタックチャ~ンス!!」
いきなりハイテンションで問題を出してきた。しかも、拳をあげて児玉清のモノマネ付きで・・・・・
「そ、そりゃ~Aさんの方が広い面積耕しているからたくさん収穫できるんじゃないッスか」
「ん~残念!正解はBさん」
まだ児玉清のモノマネしている・・・・・・が、ぜんぜん似てない。
「確かにAさんの方が圧倒的に大きいよね。でもね、Aさんは自分の力の半分しか出していないんだよ。今はAさんの方がたくさん収穫できているけど、Aさんの力は100のまま。ところがBさんは自分の力をいつも最大限に出している。すると、Bさんはどんどん力をつけていくよね。今は20かもしれないけど、どんどん力をつけていき、50・100・200と自分の最大値が増えていくんだよ。だから、今の自分の最大限を出しているBさんの方が収穫も多くなっていくんだよ」
「人にはそれぞれ個性があるように、それぞれの力も違うんだよ。20の人もいれば、200の人もいる。400の人だっているかもしれない。2軍の選手には200も400もいるだろうけど、もし今甲子園くんが20の力しかなくても、その20の力を最大限に出してさえいればいいんじゃないかな。無理して400の人と張り合おうとすると空回りして、結局今自分の持っている最大限を出せなくなってしまう。20しかなくても20の力を毎日出していれば、いずれは50・100・200と力が増えていくんだから!」
「しかも甲子園くんの力は出逢った時からだいぶ増えていると思うよ!いつも自分の最大限を出し続けた結果、最大値が増えて2軍昇格できたんだから!自分を褒めていいんだよ!!ハハハハハハハ!!!!」
そうなのか!2軍とのレベルの差で自信をなくしていたが・・・・・そうなんだ!俺はまだ2軍でなにもやってないじゃないか!今俺が持っているものを最大限発揮すればいいんだ!周りのレベルに落ち込んだが、もう一度自分を見つめ直すいい機会になったんだ。
曇りが取れて晴れかけた俺の顔を見て
「よ~し今日はお祝いだ!!僕が美味しいの作ってあげよう!!」
おっさんははりきってキッチンへ向かった。
つづく。
Posted by 大浜寅貴 at
19:37
│Comments(2)
2012年06月22日
第7話 マイナス感情を利用する
「おっさん!!は、はやく出て~!!!」
おっさんとのトイレの争奪戦で朝を迎えた。昨日おっさんが俺の2軍昇格祝いに作ってくれた料理があたったんだ。もちろん、おっさんもおれのためにつくってくれたわけだから、恨んではいない。ただ、加熱用レバーをレバ刺しで出していたとは思わなかったが・・・・・。でも、レバ刺しは2キレぐらいしか食べなかったから、病院へ行くほどの食あたりではない。ただ、残りのほとんどを食べたおっさんは重症だった。
「甲子園くん、ごめん・・・・・なんかまずいもん食べさせちゃった・・・・・・おぇ~~~」おっさんは謝ると同時にまたトイレへ猛ダッシュした。
「大丈夫です、俺はそんなにひどくないッスから。練習行ってきます。おっさんはゆっくり休んでください」トイレのドア越しに話すと、おっさんの返事なのか嘔吐なのかわからない音が返ってきた。
2軍の練習はより実践的な練習内容だった。ほぼ毎日試合を行っているから当たり前なのだが、俺はまだ2軍に上がったばっかりなので、2軍のベンチにすら入っていない。とにかく、今は自分の最大限の力を出すだけだ!そう心に誓い、今自分ができることを精一杯やろうと、ブルペンに入った。
となりでは、怪我で調整中のベテランピッチャーが投げている。その奥では、去年のドラフトで高校生Big3の1人と騒がれた高卒ルーキーが投げている。正直、胸の中がモヤっとした。俺よりも若いくせして・・・・・俺よりも先に2軍にいやがって!!
モヤモヤしながらピッチングを開始しようとしたとき!!お腹がギュルル~!!!急いでトイレへダッシュした。
用を足しながら、さっきのモヤっとした感情について考えてみた。
「このモヤモヤ感は嫉妬だな~。俺は高卒ルーキーに嫉妬しているんだ・・・・・・」
「いや!そんなんではダメだ!嫉妬は良くない!人は人、俺は俺だ!今俺がやれることを精一杯やるだけだ!!」
しっかりと決意し、トイレから出てまたブルペンに入った。ブルペンではベテランピッチャーが休憩しながら、なにやら首脳陣と話している。視線の先は高卒ルーキーだった。その高卒ルーキーがキャッチャーミットをうならすたびに頷いている。そして、その高卒ルーキーに球界を代表するベテランピッチャーがアドバイスしている。そのやり取りを見ていると、俺の決意はどこかへいってしまい、またモヤモヤとした嫉妬心が現れた・・・・・・
結局、その嫉妬心は消えずにモヤモヤしながらの練習だったので、まったく集中できず練習が終わった。そんなモヤモヤを引きずったまま帰ってきたら、おっさんはまだトイレに入っている。
「どう?2軍は?」
トイレの中から弱々しい声でおっさんが話しかけてきた。
「正直、自信ないッス・・・・・今の自分を最大限に出そうと頭では考えてるんですけど・・・・・やっぱり周りを見ると嫉妬してしまって・・・・・・あ!わかってるんです、嫉妬したらいけないって!だけど、嫉妬しないようにすればするほど、はまっちゃって・・・・・・」
「なんで?嫉妬してもいいんじゃない?」
「え!?でも、なんか嫉妬とか妬みとかあまりいいようには感じないじゃないッスか。なんかマイナス的な感じがして・・・・・・」
「そうだね~嫉妬とか妬みとかはどっちかというとマイナスの感情になるよね。でも、だからといってマイナスの感情が悪い!ということにはならないと思うよ」
「で、でも俺はおっさんのようなプラス思考で、どんどん成長したいって思ってるんッスよ!だから、マイナス思考は捨てなければ!って」
「ハハハハハ!で、マイナス思考は捨てれたの?」
「だから捨てられないからモヤモヤしてるんッスよ!」
俺はちょっとキレ気味に返事した。
「ごめんごめん。でもね、僕はいつもヘラヘラしてるからプラス思考の人間だと思うかもしれないけど、僕だって嫉妬したり妬んだり、マイナスなこと考えたりするんだよ~」
「そ、そうなんッスか!?おっさんでも!?」
「当たり前じゃない。ただね、そのマイナスな感情のまま放っておくことはしないだけなんだ。でね、プラスの感情とマイナスの感情のエネルギーって、マイナスの感情のほうが大きいんだよ。例えば、怒りのパワーってすごいでしょ~」
「たしかに、怒っている人のパワーは大きいですね」
「で、プラスかマイナスかの違いだけで、その大きなエネルギーを利用しない手はないじゃない。逆にマイナスのエネルギーを捨てるんじゃなく、使うんだよ!」
「使うんですか!?」
「かの有名な徳川の家康ちゃんもね、天下を取る前は負け戦もけっこうあってね、その中で命からがら逃げ出すこともあったらしいんだけど、そのとき、あまりもの恐怖でウ●コ漏らしちゃったんだって。でね、そのときの恥ずかしい自分を肖像画にして毎日眺めていたんだって。なにクソ!!今に見ておれ!!ってね。恥ずかしいっていうマイナスのエネルギーを利用して、天下取って江戸幕府開いたんだよ。まぁ~ウ●コ漏らしただけに運もついた!ってね。あ!僕も今は運がついているんだ!ハハハハハハ・・・・・・おぇ~~」
重度の下痢をしてトイレから出られない人が身体を張って話してるよ・・・・・・・
「ごほごほ・・・・・だって、せっかくの大きなエネルギーをみすみす捨てるなんてもったいないじゃない。エネルギーはそのままで、向きを変えて使うんだよ。左から右に変えるだけなんだよ。甲子園くんが感じた嫉妬もいけないことじゃないんだよ。その嫉妬のエネルギーを利用して、モチベーションに変えてごらん。相当大きな力を手に入れるよ」
「なるほど・・・・・逆に利用するのか~」
「それにね、嫉妬はそこまで自分がいける証拠でもあるんだよ!」
「なんッスか!それ!?」
「だってイチローの活躍に嫉妬する?」
「いや、しないッス」
「でしょ~、同じ野球選手でもイチローには嫉妬せず、高卒ルーキーには嫉妬する。ってことは自分もその高卒ルーキーと同じところにいけるから嫉妬という感情が出てくるんだよ。自分もできる!なのに今はできていない!この感情が嫉妬の正体なんじゃないかな。だから嫉妬を感じたら否定せずに、そうか!自分もあそこまでいけるんだ!っていうサインだと思えばいいんだよ」
「な!なるほど!!!!納得ッス!!!!!」
心のモヤモヤが一気に吹っ飛んだ!そうなんだ!マイナスの感情も否定せずに、認めることなんだ!マイナスをマイナスとしっかり向き合うことが実はプラス思考なんじゃないかな。そんなことを感じていた。
「甲子園くんは今はイチローを雲の上の存在だと思って嫉妬してないけど、これからはイチローにも嫉妬する日が来るかもね~」
「それって!俺もイチローに近づくってことですよね!!」
「ハハッハハハハ・・・・・・・・あ!!・・・・・・・・ごめん、トイレットペーパー取って」
つづく。
おっさんとのトイレの争奪戦で朝を迎えた。昨日おっさんが俺の2軍昇格祝いに作ってくれた料理があたったんだ。もちろん、おっさんもおれのためにつくってくれたわけだから、恨んではいない。ただ、加熱用レバーをレバ刺しで出していたとは思わなかったが・・・・・。でも、レバ刺しは2キレぐらいしか食べなかったから、病院へ行くほどの食あたりではない。ただ、残りのほとんどを食べたおっさんは重症だった。
「甲子園くん、ごめん・・・・・なんかまずいもん食べさせちゃった・・・・・・おぇ~~~」おっさんは謝ると同時にまたトイレへ猛ダッシュした。
「大丈夫です、俺はそんなにひどくないッスから。練習行ってきます。おっさんはゆっくり休んでください」トイレのドア越しに話すと、おっさんの返事なのか嘔吐なのかわからない音が返ってきた。
2軍の練習はより実践的な練習内容だった。ほぼ毎日試合を行っているから当たり前なのだが、俺はまだ2軍に上がったばっかりなので、2軍のベンチにすら入っていない。とにかく、今は自分の最大限の力を出すだけだ!そう心に誓い、今自分ができることを精一杯やろうと、ブルペンに入った。
となりでは、怪我で調整中のベテランピッチャーが投げている。その奥では、去年のドラフトで高校生Big3の1人と騒がれた高卒ルーキーが投げている。正直、胸の中がモヤっとした。俺よりも若いくせして・・・・・俺よりも先に2軍にいやがって!!
モヤモヤしながらピッチングを開始しようとしたとき!!お腹がギュルル~!!!急いでトイレへダッシュした。
用を足しながら、さっきのモヤっとした感情について考えてみた。
「このモヤモヤ感は嫉妬だな~。俺は高卒ルーキーに嫉妬しているんだ・・・・・・」
「いや!そんなんではダメだ!嫉妬は良くない!人は人、俺は俺だ!今俺がやれることを精一杯やるだけだ!!」
しっかりと決意し、トイレから出てまたブルペンに入った。ブルペンではベテランピッチャーが休憩しながら、なにやら首脳陣と話している。視線の先は高卒ルーキーだった。その高卒ルーキーがキャッチャーミットをうならすたびに頷いている。そして、その高卒ルーキーに球界を代表するベテランピッチャーがアドバイスしている。そのやり取りを見ていると、俺の決意はどこかへいってしまい、またモヤモヤとした嫉妬心が現れた・・・・・・
結局、その嫉妬心は消えずにモヤモヤしながらの練習だったので、まったく集中できず練習が終わった。そんなモヤモヤを引きずったまま帰ってきたら、おっさんはまだトイレに入っている。
「どう?2軍は?」
トイレの中から弱々しい声でおっさんが話しかけてきた。
「正直、自信ないッス・・・・・今の自分を最大限に出そうと頭では考えてるんですけど・・・・・やっぱり周りを見ると嫉妬してしまって・・・・・・あ!わかってるんです、嫉妬したらいけないって!だけど、嫉妬しないようにすればするほど、はまっちゃって・・・・・・」
「なんで?嫉妬してもいいんじゃない?」
「え!?でも、なんか嫉妬とか妬みとかあまりいいようには感じないじゃないッスか。なんかマイナス的な感じがして・・・・・・」
「そうだね~嫉妬とか妬みとかはどっちかというとマイナスの感情になるよね。でも、だからといってマイナスの感情が悪い!ということにはならないと思うよ」
「で、でも俺はおっさんのようなプラス思考で、どんどん成長したいって思ってるんッスよ!だから、マイナス思考は捨てなければ!って」
「ハハハハハ!で、マイナス思考は捨てれたの?」
「だから捨てられないからモヤモヤしてるんッスよ!」
俺はちょっとキレ気味に返事した。
「ごめんごめん。でもね、僕はいつもヘラヘラしてるからプラス思考の人間だと思うかもしれないけど、僕だって嫉妬したり妬んだり、マイナスなこと考えたりするんだよ~」
「そ、そうなんッスか!?おっさんでも!?」
「当たり前じゃない。ただね、そのマイナスな感情のまま放っておくことはしないだけなんだ。でね、プラスの感情とマイナスの感情のエネルギーって、マイナスの感情のほうが大きいんだよ。例えば、怒りのパワーってすごいでしょ~」
「たしかに、怒っている人のパワーは大きいですね」
「で、プラスかマイナスかの違いだけで、その大きなエネルギーを利用しない手はないじゃない。逆にマイナスのエネルギーを捨てるんじゃなく、使うんだよ!」
「使うんですか!?」
「かの有名な徳川の家康ちゃんもね、天下を取る前は負け戦もけっこうあってね、その中で命からがら逃げ出すこともあったらしいんだけど、そのとき、あまりもの恐怖でウ●コ漏らしちゃったんだって。でね、そのときの恥ずかしい自分を肖像画にして毎日眺めていたんだって。なにクソ!!今に見ておれ!!ってね。恥ずかしいっていうマイナスのエネルギーを利用して、天下取って江戸幕府開いたんだよ。まぁ~ウ●コ漏らしただけに運もついた!ってね。あ!僕も今は運がついているんだ!ハハハハハハ・・・・・・おぇ~~」
重度の下痢をしてトイレから出られない人が身体を張って話してるよ・・・・・・・
「ごほごほ・・・・・だって、せっかくの大きなエネルギーをみすみす捨てるなんてもったいないじゃない。エネルギーはそのままで、向きを変えて使うんだよ。左から右に変えるだけなんだよ。甲子園くんが感じた嫉妬もいけないことじゃないんだよ。その嫉妬のエネルギーを利用して、モチベーションに変えてごらん。相当大きな力を手に入れるよ」
「なるほど・・・・・逆に利用するのか~」
「それにね、嫉妬はそこまで自分がいける証拠でもあるんだよ!」
「なんッスか!それ!?」
「だってイチローの活躍に嫉妬する?」
「いや、しないッス」
「でしょ~、同じ野球選手でもイチローには嫉妬せず、高卒ルーキーには嫉妬する。ってことは自分もその高卒ルーキーと同じところにいけるから嫉妬という感情が出てくるんだよ。自分もできる!なのに今はできていない!この感情が嫉妬の正体なんじゃないかな。だから嫉妬を感じたら否定せずに、そうか!自分もあそこまでいけるんだ!っていうサインだと思えばいいんだよ」
「な!なるほど!!!!納得ッス!!!!!」
心のモヤモヤが一気に吹っ飛んだ!そうなんだ!マイナスの感情も否定せずに、認めることなんだ!マイナスをマイナスとしっかり向き合うことが実はプラス思考なんじゃないかな。そんなことを感じていた。
「甲子園くんは今はイチローを雲の上の存在だと思って嫉妬してないけど、これからはイチローにも嫉妬する日が来るかもね~」
「それって!俺もイチローに近づくってことですよね!!」
「ハハッハハハハ・・・・・・・・あ!!・・・・・・・・ごめん、トイレットペーパー取って」
つづく。
Posted by 大浜寅貴 at
21:18
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2012年06月29日
第8話 期待せず信じる
1軍のオールスター戦も終わり、後半戦が始まってくると、2軍のほうも慌しくなってきた。現在、1軍は首位に5ゲーム差ながら3位につけている。優勝戦線に残るためにも戦力の底上げが急務で、即戦力になる2軍選手は次々に1軍に上がっていく。その一方で、1軍で結果を出せなかった若手選手は2軍に降格してくるのだ。俺のいる2軍は首脳陣の目に留まれば1軍昇格がみえてくるだけにみんな必死でアピールしている。練習場も活気あふれる場になっていた。
俺も少しでも自分をアピールしようと投球練習を始めようとブルペンに入った。ちょうどその時にフリーになっているキャッチャーを発見しワクワクした!
「野々村さん!投球練習お願いします!」
実はそのキャッチャーとは俺の憧れのキャッチャーだった!首位打者・本塁打王・打点王、つまり打者の最高峰である三冠王を6年前に獲得した、日本を代表するといっても過言ではないぐらいのキャッチャーなのだ。だけど、そんな偉業を達成した名選手がなぜかここ数年2軍暮らしに甘んじている。大きな怪我をして手術し、リハビリ中だとは聞いていたが、怪我の方はすっかり良くなっているように見える。詳しくはわからないのだが、俺にとっては自分と同じ場所にいるだけでラッキーであって、自分の球を受け取ってもらえるチャンスなのである。俺は大きな期待を胸に、投球練習を開始した。
ズバッ!!!!!
自分でも快心の一球だった!おっさんのおかげでますます精神的にも安定してきていて、少しずつだが自分に自信が持てるようになっていた。俺は野々村さんの反応に期待した!これなら直ぐにでも1軍で活躍できる!そんなことを言ってくれると期待したのだった!
「どうですか!」
「ん・・・なにが・・・」
「あ!いや・・・ピッチングについてなんですけど」
「まぁ~いいんじゃない・・・」
ん!?なにやら反応が期待してたのと違うぞ!?自分では自信のあるストレートだったのだが、やっぱりまだ1軍レベルには達していないということなのか?
「どこか修正点があるんですか?なにかアドバイス下さい!!」
「いや~なにもないよ・・・」
な!なんだ!この反応の薄さは!!まったくのやる気ゼロじゃないか!
「俺もう帰るから、他の誰かとやって・・・」
・・・・・・・・・・・・
俺の球をたった一球受けただけで野々村さんは帰っていってしまった・・・・・・・・
あれが過去に三冠王を取った人なのか!?今はまるで別人じゃないか!?あまりにもあっけなく憧れの人との投球練習が終わった。
その一部始終を見ていた隣の若手ピッチャーが話しかけてきた。
「野々村さんとはやらない方がいいですよ。いつもあんな感じで・・・」
「え!いつもそうなの?」
「そうなんですよ。だから正直みんな嫌気が差してるんですよ。なんか噂だと『燃え尽き症候群』なんじゃないかって」
燃え尽き症候群!!一流の選手が頂点を極めた時にその先の目標が見当たらずにズルズル転落していくっていうあれか!たしかに三冠王という頂点を極めた野々村さんなら考えられることだが・・・・・・
正直ショックだった。憧れの人のあんな姿は見たくなかった。
「なるほど!燃え尽き症候群か~」
この出来事をおっさんに話した。おっさんもまさかあの選手が!っていう顔をしていたが、すぐに笑顔で俺に話し返してきた。
「で、甲子園くんはどう感じているの?」
「なんか拍子抜けしたっていうか・・・期待を裏切られたって感じッスね~」
「なるほど、で、どう期待してたの?」
「やっぱり三冠王の人相手に練習できるっていろんな学びがあるんじゃないかと期待するじゃないッスか~」
「で、その期待が自分が思っていたものと違っちゃったということか~うん、うん」
おっさんが続ける。
「甲子園くんって親に期待されてその名前付けられたんだよね」
「そうですね~」
「で、その親の期待に応えるために野球やってるの?」
「い、いや~親の期待のためにやってるわけじゃないッスよ。まぁ~それもないわけじゃあないけど・・・」
「だよね~。でさ、親の方は甲子園くんに期待しているわけで、その期待をどう感じる?」
「昔は嬉しく感じました。俺が野球で活躍すれば親は喜んでくれますし・・・・だけど、最近は試合にすら出ていないから逆にプレッシャーに感じることが多いかもしれないです」
「そうなんだよね~期待は時にはプレッシャーとなって重く圧しかかることもあるんだよね~」
「野々村さんもその重圧を感じているんじゃないのかな~」
「野々村さんもですか!?」
「だってさ~三冠王を取ったらやっぱり周りは期待するよね~。で、その期待に常に応えようとすればするほど、重く圧しかかってさ~。それが原因で燃え尽き症候群にもなったんじゃないかな」
「そうなんだ・・・・じゃあどうすればいいッスか?」
「うん!期待するより信じることだね!!」
「信じる・・・ですか」
「そう!信じる!その人がどういう状態であっても信じてくれる人がいると嬉しいよね!甲子園くんがたとえ野球で活躍しなくても、いや野球だけじゃなくてすべてにおいてただ信じてくれていればプレッシャーは感じずにすんだんじゃないかな?きっと野々村さんも同じだと思うよ。自分のことを信じてくれる人がいれば燃え尽き症候群なんてどっかいっちゃうよ!きっと!!」
「あ!そうか!!俺、野々村さんのこと信じて接してみます!」
「うん!それがいい!信じる者は救われるってね!ハハハハハハッハ!!!」
相手がどういう状態であってもただ信じる。
そうなんだ。ただ信じるだけなんだ。野々村さんのことだけじゃなく、俺自身の親からのプレッシャーをも、どこかへ吹き飛ばしてくれるようなおっさんとの会話だった。
つづく。
俺も少しでも自分をアピールしようと投球練習を始めようとブルペンに入った。ちょうどその時にフリーになっているキャッチャーを発見しワクワクした!
「野々村さん!投球練習お願いします!」
実はそのキャッチャーとは俺の憧れのキャッチャーだった!首位打者・本塁打王・打点王、つまり打者の最高峰である三冠王を6年前に獲得した、日本を代表するといっても過言ではないぐらいのキャッチャーなのだ。だけど、そんな偉業を達成した名選手がなぜかここ数年2軍暮らしに甘んじている。大きな怪我をして手術し、リハビリ中だとは聞いていたが、怪我の方はすっかり良くなっているように見える。詳しくはわからないのだが、俺にとっては自分と同じ場所にいるだけでラッキーであって、自分の球を受け取ってもらえるチャンスなのである。俺は大きな期待を胸に、投球練習を開始した。
ズバッ!!!!!
自分でも快心の一球だった!おっさんのおかげでますます精神的にも安定してきていて、少しずつだが自分に自信が持てるようになっていた。俺は野々村さんの反応に期待した!これなら直ぐにでも1軍で活躍できる!そんなことを言ってくれると期待したのだった!
「どうですか!」
「ん・・・なにが・・・」
「あ!いや・・・ピッチングについてなんですけど」
「まぁ~いいんじゃない・・・」
ん!?なにやら反応が期待してたのと違うぞ!?自分では自信のあるストレートだったのだが、やっぱりまだ1軍レベルには達していないということなのか?
「どこか修正点があるんですか?なにかアドバイス下さい!!」
「いや~なにもないよ・・・」
な!なんだ!この反応の薄さは!!まったくのやる気ゼロじゃないか!
「俺もう帰るから、他の誰かとやって・・・」
・・・・・・・・・・・・
俺の球をたった一球受けただけで野々村さんは帰っていってしまった・・・・・・・・
あれが過去に三冠王を取った人なのか!?今はまるで別人じゃないか!?あまりにもあっけなく憧れの人との投球練習が終わった。
その一部始終を見ていた隣の若手ピッチャーが話しかけてきた。
「野々村さんとはやらない方がいいですよ。いつもあんな感じで・・・」
「え!いつもそうなの?」
「そうなんですよ。だから正直みんな嫌気が差してるんですよ。なんか噂だと『燃え尽き症候群』なんじゃないかって」
燃え尽き症候群!!一流の選手が頂点を極めた時にその先の目標が見当たらずにズルズル転落していくっていうあれか!たしかに三冠王という頂点を極めた野々村さんなら考えられることだが・・・・・・
正直ショックだった。憧れの人のあんな姿は見たくなかった。
「なるほど!燃え尽き症候群か~」
この出来事をおっさんに話した。おっさんもまさかあの選手が!っていう顔をしていたが、すぐに笑顔で俺に話し返してきた。
「で、甲子園くんはどう感じているの?」
「なんか拍子抜けしたっていうか・・・期待を裏切られたって感じッスね~」
「なるほど、で、どう期待してたの?」
「やっぱり三冠王の人相手に練習できるっていろんな学びがあるんじゃないかと期待するじゃないッスか~」
「で、その期待が自分が思っていたものと違っちゃったということか~うん、うん」
おっさんが続ける。
「甲子園くんって親に期待されてその名前付けられたんだよね」
「そうですね~」
「で、その親の期待に応えるために野球やってるの?」
「い、いや~親の期待のためにやってるわけじゃないッスよ。まぁ~それもないわけじゃあないけど・・・」
「だよね~。でさ、親の方は甲子園くんに期待しているわけで、その期待をどう感じる?」
「昔は嬉しく感じました。俺が野球で活躍すれば親は喜んでくれますし・・・・だけど、最近は試合にすら出ていないから逆にプレッシャーに感じることが多いかもしれないです」
「そうなんだよね~期待は時にはプレッシャーとなって重く圧しかかることもあるんだよね~」
「野々村さんもその重圧を感じているんじゃないのかな~」
「野々村さんもですか!?」
「だってさ~三冠王を取ったらやっぱり周りは期待するよね~。で、その期待に常に応えようとすればするほど、重く圧しかかってさ~。それが原因で燃え尽き症候群にもなったんじゃないかな」
「そうなんだ・・・・じゃあどうすればいいッスか?」
「うん!期待するより信じることだね!!」
「信じる・・・ですか」
「そう!信じる!その人がどういう状態であっても信じてくれる人がいると嬉しいよね!甲子園くんがたとえ野球で活躍しなくても、いや野球だけじゃなくてすべてにおいてただ信じてくれていればプレッシャーは感じずにすんだんじゃないかな?きっと野々村さんも同じだと思うよ。自分のことを信じてくれる人がいれば燃え尽き症候群なんてどっかいっちゃうよ!きっと!!」
「あ!そうか!!俺、野々村さんのこと信じて接してみます!」
「うん!それがいい!信じる者は救われるってね!ハハハハハハッハ!!!」
相手がどういう状態であってもただ信じる。
そうなんだ。ただ信じるだけなんだ。野々村さんのことだけじゃなく、俺自身の親からのプレッシャーをも、どこかへ吹き飛ばしてくれるようなおっさんとの会話だった。
つづく。
Posted by 大浜寅貴 at
20:01
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2012年07月03日
第9話 ホンモノの想い
俺はあえて野々村さんと練習することに決めた。周りがどうこう言おうと俺は野々村さんのことを信じることに決めた。別に何か見返りを期待してのことではない。ただ、野々村さんのかもし出す波動というかオーラというか、それを感じるとまだ死んでいない気がしたのだった。野々村さんも断ることはなかった。だが、相変わらずの無愛想ぶりは健在だ。
「どうっすか!今の球!」
「ん、いいんじゃない・・・」
「これはかなりいい感触でしたが!どうですか!」
「あ~いいんじゃない・・・」
こんなやり取りで練習を続けた。最初のうちは2・3球で帰っていったが、練習を繰り返すうちに受けてもらえる球数も増えていった。まあ~周りからは1軍昇格を諦めた2人組だと思われているのだろう。だけど不思議と心地よい感覚だった。周りの人間は昇格昇格と躍起になっていて、激しい競争意識と殺伐とした空気感が漂っているように感じたが、こっちは、といっても俺一人だが、ただ野球を楽しんでいる感覚だった。でも、俺も1軍を諦めたわけではない。ただ、今やるべきことはこれだ!というような気がしているのだった。
そういう日々が続いたある日、ちょっとした変化が訪れた。いつものように投球練習を始めようとすると野々村さんがマウンドの俺に寄ってきたのだ!
「ど、どうしたんッスか?」
「・・・・・・・い、いやなんでもない」
「え!?」
・・・・・・・・・・・・・野々村さんは何も言わずに戻っていきミットを構えた。
「なんか言いたそうだったけど・・・・・」
それからはいつもの無愛想な練習と変わりなかった。だけど、そのことが気になって仕方が無かった。
「いったいなにを言おうとしていたんですかね~?」
俺は帰ってからおっさんにその出来事を話した。
「ハハハハッハ!甲子園くんに何かアドバイスをしたかったんだよ~」
「え!?俺にアドバイスですか?でも前までは聴いても答えませんでしたよ?なんで今頃に?」
「それはやっぱり甲子園くんが野々村さんのことを信じたからだよ!」
「え!?でも、確かに信じようと決めましたけど、そのことを野々村さんに話したりしたことは一度もありませんよ。練習内容も前と変わっていないし・・・・・」
「ハハハハハハ!なにも直接話さなくても伝わるものは伝わるんだよ~。甲子園くんが信じたものはホンモノなんだよ。だからちゃんと伝わる。甲子園くんって自分の1軍昇格のためだけに野々村さんと接していたわけじゃないでしょ~」
「あ!はい、そういう切羽詰ってなりふり構わずっていう感覚じゃなく、ただ野球を楽しんでいたというか、心地よく練習できました」
「うん!そうでしょ~。もし、甲子園くんが自分の私利私欲のためだけに野々村さんと接しているのであれば、たとえそのことを隠し通せたとしても、今日のように野々村さんから何か話そうとはしなかったはずだよね~。でも、甲子園くんはただ信じただけ!ホンモノの想いで!ウソ偽りの無いホンモノの想いは必ず伝わるんだよ!」
「ってことは、これからいろいろアドバイスもらえますね!!」
「そうだね。今2軍は競争が激しいって聞いてるけど、そんな時こそ相手を信じることが大切なんだ。信じることで道が開けるんだよ。そのことを甲子園くんはよくわかっていた!凄いことだよ!!」
「ははは!ありがとうございます!これもおっさんのおかげです!」
「ハハハハハハ!だから僕はなにもしてないってば~」
ホンモノの想いは必ず伝わる!今までのおっさんからの想いも間違いなくホンモノだ!なぜならおっさんの想いはこの俺にしっかりと届いているから!
つづく。
「どうっすか!今の球!」
「ん、いいんじゃない・・・」
「これはかなりいい感触でしたが!どうですか!」
「あ~いいんじゃない・・・」
こんなやり取りで練習を続けた。最初のうちは2・3球で帰っていったが、練習を繰り返すうちに受けてもらえる球数も増えていった。まあ~周りからは1軍昇格を諦めた2人組だと思われているのだろう。だけど不思議と心地よい感覚だった。周りの人間は昇格昇格と躍起になっていて、激しい競争意識と殺伐とした空気感が漂っているように感じたが、こっちは、といっても俺一人だが、ただ野球を楽しんでいる感覚だった。でも、俺も1軍を諦めたわけではない。ただ、今やるべきことはこれだ!というような気がしているのだった。
そういう日々が続いたある日、ちょっとした変化が訪れた。いつものように投球練習を始めようとすると野々村さんがマウンドの俺に寄ってきたのだ!
「ど、どうしたんッスか?」
「・・・・・・・い、いやなんでもない」
「え!?」
・・・・・・・・・・・・・野々村さんは何も言わずに戻っていきミットを構えた。
「なんか言いたそうだったけど・・・・・」
それからはいつもの無愛想な練習と変わりなかった。だけど、そのことが気になって仕方が無かった。
「いったいなにを言おうとしていたんですかね~?」
俺は帰ってからおっさんにその出来事を話した。
「ハハハハッハ!甲子園くんに何かアドバイスをしたかったんだよ~」
「え!?俺にアドバイスですか?でも前までは聴いても答えませんでしたよ?なんで今頃に?」
「それはやっぱり甲子園くんが野々村さんのことを信じたからだよ!」
「え!?でも、確かに信じようと決めましたけど、そのことを野々村さんに話したりしたことは一度もありませんよ。練習内容も前と変わっていないし・・・・・」
「ハハハハハハ!なにも直接話さなくても伝わるものは伝わるんだよ~。甲子園くんが信じたものはホンモノなんだよ。だからちゃんと伝わる。甲子園くんって自分の1軍昇格のためだけに野々村さんと接していたわけじゃないでしょ~」
「あ!はい、そういう切羽詰ってなりふり構わずっていう感覚じゃなく、ただ野球を楽しんでいたというか、心地よく練習できました」
「うん!そうでしょ~。もし、甲子園くんが自分の私利私欲のためだけに野々村さんと接しているのであれば、たとえそのことを隠し通せたとしても、今日のように野々村さんから何か話そうとはしなかったはずだよね~。でも、甲子園くんはただ信じただけ!ホンモノの想いで!ウソ偽りの無いホンモノの想いは必ず伝わるんだよ!」
「ってことは、これからいろいろアドバイスもらえますね!!」
「そうだね。今2軍は競争が激しいって聞いてるけど、そんな時こそ相手を信じることが大切なんだ。信じることで道が開けるんだよ。そのことを甲子園くんはよくわかっていた!凄いことだよ!!」
「ははは!ありがとうございます!これもおっさんのおかげです!」
「ハハハハハハ!だから僕はなにもしてないってば~」
ホンモノの想いは必ず伝わる!今までのおっさんからの想いも間違いなくホンモノだ!なぜならおっさんの想いはこの俺にしっかりと届いているから!
つづく。
Posted by 大浜寅貴 at
20:31
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2012年07月09日
第10話 完璧主義
「でも、どうして野々村さんは『燃え尽き症候群』になったんですかね~?俺みたいな凡人には理解できないッスよ~」
俺はどうしても、納得がいかなかった。確かに、『燃え尽き症候群』は頂点に立った人にしかわからない心の病ではあるが、頂点に立った多くの人全員が燃え尽きるわけではなく、むしろそこからも成幸し続ける人もいるのに・・・・なぜ野々村さんは燃え尽きてしまったのか?が疑問に思っていた。
「確かに燃え尽きる人とそうでない人がいるよね。でも、人は誰でも大なり小なり『燃え尽き』はあると思うんだよ~もちろん僕や甲子園くんもね」
「え!俺にもあるんッスか?」
「そうだよ~だって試合で完封勝ちした後って、どんな感じがした?」
「あ!そうか!確かにやりきった感がありますね!その感覚と一緒なのか・・・・。でも、また次の試合へ!って復活する感じなんですけど・・・野々村さんはもうずーーとモチベーション上がらずに今に至ってますけど・・・・」
「そうなんだ。『また次へ!』っていける人はいいんだけど、野々村さんみたいにいけない人もいるんだよ。いける人といけない人の違い!わかる?」
「いえ、まったくわかんないです・・・・・」
「じゃあ~その答えを自分で探してみるといいよ。野々村さんをじっくり観察してみたらきっとわかるはずだよ」
次の日、俺は野々村さんをじっくりと観察した。いや、観察といっても昆虫や植物を観察するわけではないので、どうやったらいいかもわからずに、ただ野々村さんの言動に細心の注意を払って観ているだけだったが・・・。
「野々村さん!お昼一緒にいいッスか!」
「野々村さん!道具整理手伝いますよ!」
「野々村さん!シャワーどうぞ!」
1日中野々村さんに付きまとっていろんなことを聞きまくった。が、相変わらず反応は「あ~」とか「別に~」とか・・・。時たま俺に何かを伝えようとする素振りはするが、「やっぱりいい・・・・」とまた無言になるのだった。
だけど、1日一緒にいることであることがわかった気がした。
「なんか野々村さんって、何でもちゃんとしないと気がすまないって感じでした。なんかまだ足りない!みたいな感じで・・・完璧でなきゃいけない!みたいな・・・そこは適当でもっていうところも完璧にしたい感じでしたね」
「なるほど、完璧か~。きっとそこに原因があるかもね~」
「え!そうなんですか!でも、何でも完璧にこなす人ってリーダー気質があって周りから慕われるじゃないんですか?」
「うん、一見リーダーっぽく見られるよね。でも、それは周りの人の判断で、自分自身ではどう思っているのかな?」
「自分ですか・・・・。ちょっと辛いのかな~」
「そうなんだよ。完璧主義の人ってけっこう自分を責めることが多いんだよ。何かを成し遂げても『でも、ここができていない』とか『まだまだだ』とか、自分に納得しないんだよ。人から褒められても『たんに運がよかっただけだ』と自分に厳しいんだよ。だから、いくら成幸しても『まだ足りない』と充足感が得られず、あれもこれもやらなければと自分を追い込み、いつしかオーバーワークして燃え尽きたり、いくらやってもやっても満足せず、その結果、先行きが見えずに疲労感から何に対しても意欲が湧かなくなったりするんだよ」
「そうか~。それと周りの期待の目もあって今の状態になってしまったのか・・・・・・。でも、どうしたらいいッスかね~?野々村さんはもうこのまま終わっていくんですかね?」
「それは大丈夫だよ!きっとまた復活するよ!!」
「え!なにかおっさんに名案でもあるんッスか!?」
「名案も何もないよ。ただ、野々村さんは甲子園くんと出逢ったじゃないか!それだけできっと大丈夫だよ!」
「え!?俺・・・・・ッスか!?」
「そう!甲子園くんとの出逢いが運命を変える!僕はそうなると信じてるよ!!」
俺との出逢いが運命を変える!?
俺にそんなことができるのか!?
正直よくわからない。だか、何か光が差し込んで俺たちを包んでくれているような感じが少しだけイメージできたのだった。
つづく。
俺はどうしても、納得がいかなかった。確かに、『燃え尽き症候群』は頂点に立った人にしかわからない心の病ではあるが、頂点に立った多くの人全員が燃え尽きるわけではなく、むしろそこからも成幸し続ける人もいるのに・・・・なぜ野々村さんは燃え尽きてしまったのか?が疑問に思っていた。
「確かに燃え尽きる人とそうでない人がいるよね。でも、人は誰でも大なり小なり『燃え尽き』はあると思うんだよ~もちろん僕や甲子園くんもね」
「え!俺にもあるんッスか?」
「そうだよ~だって試合で完封勝ちした後って、どんな感じがした?」
「あ!そうか!確かにやりきった感がありますね!その感覚と一緒なのか・・・・。でも、また次の試合へ!って復活する感じなんですけど・・・野々村さんはもうずーーとモチベーション上がらずに今に至ってますけど・・・・」
「そうなんだ。『また次へ!』っていける人はいいんだけど、野々村さんみたいにいけない人もいるんだよ。いける人といけない人の違い!わかる?」
「いえ、まったくわかんないです・・・・・」
「じゃあ~その答えを自分で探してみるといいよ。野々村さんをじっくり観察してみたらきっとわかるはずだよ」
次の日、俺は野々村さんをじっくりと観察した。いや、観察といっても昆虫や植物を観察するわけではないので、どうやったらいいかもわからずに、ただ野々村さんの言動に細心の注意を払って観ているだけだったが・・・。
「野々村さん!お昼一緒にいいッスか!」
「野々村さん!道具整理手伝いますよ!」
「野々村さん!シャワーどうぞ!」
1日中野々村さんに付きまとっていろんなことを聞きまくった。が、相変わらず反応は「あ~」とか「別に~」とか・・・。時たま俺に何かを伝えようとする素振りはするが、「やっぱりいい・・・・」とまた無言になるのだった。
だけど、1日一緒にいることであることがわかった気がした。
「なんか野々村さんって、何でもちゃんとしないと気がすまないって感じでした。なんかまだ足りない!みたいな感じで・・・完璧でなきゃいけない!みたいな・・・そこは適当でもっていうところも完璧にしたい感じでしたね」
「なるほど、完璧か~。きっとそこに原因があるかもね~」
「え!そうなんですか!でも、何でも完璧にこなす人ってリーダー気質があって周りから慕われるじゃないんですか?」
「うん、一見リーダーっぽく見られるよね。でも、それは周りの人の判断で、自分自身ではどう思っているのかな?」
「自分ですか・・・・。ちょっと辛いのかな~」
「そうなんだよ。完璧主義の人ってけっこう自分を責めることが多いんだよ。何かを成し遂げても『でも、ここができていない』とか『まだまだだ』とか、自分に納得しないんだよ。人から褒められても『たんに運がよかっただけだ』と自分に厳しいんだよ。だから、いくら成幸しても『まだ足りない』と充足感が得られず、あれもこれもやらなければと自分を追い込み、いつしかオーバーワークして燃え尽きたり、いくらやってもやっても満足せず、その結果、先行きが見えずに疲労感から何に対しても意欲が湧かなくなったりするんだよ」
「そうか~。それと周りの期待の目もあって今の状態になってしまったのか・・・・・・。でも、どうしたらいいッスかね~?野々村さんはもうこのまま終わっていくんですかね?」
「それは大丈夫だよ!きっとまた復活するよ!!」
「え!なにかおっさんに名案でもあるんッスか!?」
「名案も何もないよ。ただ、野々村さんは甲子園くんと出逢ったじゃないか!それだけできっと大丈夫だよ!」
「え!?俺・・・・・ッスか!?」
「そう!甲子園くんとの出逢いが運命を変える!僕はそうなると信じてるよ!!」
俺との出逢いが運命を変える!?
俺にそんなことができるのか!?
正直よくわからない。だか、何か光が差し込んで俺たちを包んでくれているような感じが少しだけイメージできたのだった。
つづく。
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19:50
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2012年07月11日
第11話 魔球
「甲子園!今日からベンチ入りだ!」
とうとうその日が訪れた!プロ入り初の公式試合だ!
2軍の試合はデーゲームで行われる。太陽がカンカンに照りつける真夏の真昼間に、しかも2軍の試合にもかかわらず、多くのファンが球場に駆けつけてくれている。
「これがプロの試合か~」
球場入りした俺はやっとプロ野球選手の一員になれた気がした。とはいってもまだ2軍で、しかも試合に出れるかはわからない状態なのだが・・・。それでも嬉しかった。
1軍だと試合開始から投手はベンチ裏の専用ブルペンで調整するのだが、2軍の球場にはそんな施設は無く、ベンチ横のファールゾーンでアップするのだった。だから、試合開始時では野手と一緒にベンチにいて、戦況を見つめているのだ。
試合展開は序盤から乱打戦のシーソーゲーム。そうなると、投手は次から次へと投入されていくが、その一方で、俺の出番はなかった。そして、1点リードでむかえた最終回、簡単に2アウトを取りながら、三者連続四球で満塁のピンチに!残っている投手は俺しかいない。慌てて投手コーチがマウンドに向かおうとした時、そのコーチを抑えて監督がベンチから出て投手交代を告げた。
「ピッチャー代わりまして金城 甲子園、金城 甲子園。背番号99」
高鳴る鼓動を抑えつつ、俺はマウンドに向かった。正直自信はあった。今までやってきたことがきっと自信につながっているのだと思う。もちろん緊張していたが、心地よい緊張感でいっぱいだった。
そして、いよいよプロ初投球。セットポジションからアウトローいっぱいのストレートをキャッチャーミットめがけて投げた!
ズバーーーーー!!!
「ストラーイク!!」
寸分狂わず、キャッチャーミットにボールが吸い込まれるように収まった!バッターはまったく手が出ない様子だった。
「よし!いけるぞ!!」自信が確信に変わった!
2球目も同じくアウトローいっぱいの空振りで、あっという間に追い込んだ。
球場内のボルテージもマックスで、あと一人コールが沸き起こった。自信に満ち溢れた俺は、堂々とした立ち振る舞いでキャッチャーからのサインを見た・・・・・・が!!!
はい!???
そのサインは!!!???
フォ、フォ、フォーク???
なんと!ストレート練習しかしてない俺にフォークのサインが出たのだ!!
俺は首を振ってストレートを要求した。だが、キャッチャーはまたフォークのサインを出してきたのだ!それでも、また首を横に振り、再度ストレートを要求した。すると、キャッチャーがタイムを取って俺のもとへやってきた。
「お前!フォーク投げれるやろ!俺のサインどおりフォーク投げろや!」
「一応投げれますけど・・・・・最近はフォークの練習してなくて・・・・・・」
「ぐだぐだ言わずにフォーク投げろや!!」
若手の俺がサインを拒否したのが気に食わなかったのか、半ギレ状態で無理矢理にフォークを要求してきたのだ!!
「よ~し!こうなったら投げてやる!!きっと大丈夫だ!握りを変えるだけでストレートを投げてると思えばいいんだ!」
俺は人差し指と中指の間にボールを挟み、あとはいつもどおりの投球モーションで投げた!!
ボールはまっすぐストライクゾーンに向かった軌道を描いた!
バッターもスイングに入った!
よし!空振りが取れる!!
と思った次の瞬間!!
ボールがありえないぐらい真下に変化したのだ!
まるでボードゲーム野球盤の魔球のようにバッターからもキャッチャーからも視界から消えたのだ!
バッターはスイングに入っていたので、もちろん空振り三振!ゲームセット!のはずが、ボールを見失ったキャッチャーが捕球できずに、ボールを大きく逸らしてしまったのだ!
その隙を逃さずに、3塁ランナーがかえってくる!同点だ!!
だがそれだけじゃない!なんと2塁ランナーもホームに向かって走って来ている!!
キャッチャーはようやくボールを見つけたが、ときすでに遅く・・・・・・・・
俺の記念すべきプロ初試合はサヨナラ負けとなった・・・・・・・・
試合後、ロッカールームでコーチからカミナリを食らった。キャッチャーは俺がサインを無視してフォークを投げた!とすべて俺が悪いとコーチに釈明している。俺は反論する気力も無く、ただ下を向いていた。
「なんてことだ・・・・・。これでまた振り出しか・・・・・」
そんなことを思いながら帰り支度をしていると・・・・なんと!あの野々村さんがやってきたのだ。
「最後の球はフォークか?」
「あ!はい・・・・・言い訳するつもりじゃないですけど・・・・・知ってのとおり最近ストレート練習しかしてないッスから・・・・・」
「・・・・・・・・あんな鋭い落下するフォークは今まで見たことないな」
「え!?そ、そうなんですか・・・・・」
「・・・・・・・・・・・俺にもまだやることがあるわけだな」
「え!!野々村さん!今何って言ったんですか??」
「なんでもない!甲子園!明日からフォークの練習始めるぞ!とことんしごいてやるから覚悟しとけ!」
「は!はい!!!ありがとうございます!!!」
プロ初試合の敗戦は、決して失敗ではなく、むしろ成幸への道のりの序章だったのだ。
つづく。
とうとうその日が訪れた!プロ入り初の公式試合だ!
2軍の試合はデーゲームで行われる。太陽がカンカンに照りつける真夏の真昼間に、しかも2軍の試合にもかかわらず、多くのファンが球場に駆けつけてくれている。
「これがプロの試合か~」
球場入りした俺はやっとプロ野球選手の一員になれた気がした。とはいってもまだ2軍で、しかも試合に出れるかはわからない状態なのだが・・・。それでも嬉しかった。
1軍だと試合開始から投手はベンチ裏の専用ブルペンで調整するのだが、2軍の球場にはそんな施設は無く、ベンチ横のファールゾーンでアップするのだった。だから、試合開始時では野手と一緒にベンチにいて、戦況を見つめているのだ。
試合展開は序盤から乱打戦のシーソーゲーム。そうなると、投手は次から次へと投入されていくが、その一方で、俺の出番はなかった。そして、1点リードでむかえた最終回、簡単に2アウトを取りながら、三者連続四球で満塁のピンチに!残っている投手は俺しかいない。慌てて投手コーチがマウンドに向かおうとした時、そのコーチを抑えて監督がベンチから出て投手交代を告げた。
「ピッチャー代わりまして金城 甲子園、金城 甲子園。背番号99」
高鳴る鼓動を抑えつつ、俺はマウンドに向かった。正直自信はあった。今までやってきたことがきっと自信につながっているのだと思う。もちろん緊張していたが、心地よい緊張感でいっぱいだった。
そして、いよいよプロ初投球。セットポジションからアウトローいっぱいのストレートをキャッチャーミットめがけて投げた!
ズバーーーーー!!!
「ストラーイク!!」
寸分狂わず、キャッチャーミットにボールが吸い込まれるように収まった!バッターはまったく手が出ない様子だった。
「よし!いけるぞ!!」自信が確信に変わった!
2球目も同じくアウトローいっぱいの空振りで、あっという間に追い込んだ。
球場内のボルテージもマックスで、あと一人コールが沸き起こった。自信に満ち溢れた俺は、堂々とした立ち振る舞いでキャッチャーからのサインを見た・・・・・・が!!!
はい!???
そのサインは!!!???
フォ、フォ、フォーク???
なんと!ストレート練習しかしてない俺にフォークのサインが出たのだ!!
俺は首を振ってストレートを要求した。だが、キャッチャーはまたフォークのサインを出してきたのだ!それでも、また首を横に振り、再度ストレートを要求した。すると、キャッチャーがタイムを取って俺のもとへやってきた。
「お前!フォーク投げれるやろ!俺のサインどおりフォーク投げろや!」
「一応投げれますけど・・・・・最近はフォークの練習してなくて・・・・・・」
「ぐだぐだ言わずにフォーク投げろや!!」
若手の俺がサインを拒否したのが気に食わなかったのか、半ギレ状態で無理矢理にフォークを要求してきたのだ!!
「よ~し!こうなったら投げてやる!!きっと大丈夫だ!握りを変えるだけでストレートを投げてると思えばいいんだ!」
俺は人差し指と中指の間にボールを挟み、あとはいつもどおりの投球モーションで投げた!!
ボールはまっすぐストライクゾーンに向かった軌道を描いた!
バッターもスイングに入った!
よし!空振りが取れる!!
と思った次の瞬間!!
ボールがありえないぐらい真下に変化したのだ!
まるでボードゲーム野球盤の魔球のようにバッターからもキャッチャーからも視界から消えたのだ!
バッターはスイングに入っていたので、もちろん空振り三振!ゲームセット!のはずが、ボールを見失ったキャッチャーが捕球できずに、ボールを大きく逸らしてしまったのだ!
その隙を逃さずに、3塁ランナーがかえってくる!同点だ!!
だがそれだけじゃない!なんと2塁ランナーもホームに向かって走って来ている!!
キャッチャーはようやくボールを見つけたが、ときすでに遅く・・・・・・・・
俺の記念すべきプロ初試合はサヨナラ負けとなった・・・・・・・・
試合後、ロッカールームでコーチからカミナリを食らった。キャッチャーは俺がサインを無視してフォークを投げた!とすべて俺が悪いとコーチに釈明している。俺は反論する気力も無く、ただ下を向いていた。
「なんてことだ・・・・・。これでまた振り出しか・・・・・」
そんなことを思いながら帰り支度をしていると・・・・なんと!あの野々村さんがやってきたのだ。
「最後の球はフォークか?」
「あ!はい・・・・・言い訳するつもりじゃないですけど・・・・・知ってのとおり最近ストレート練習しかしてないッスから・・・・・」
「・・・・・・・・あんな鋭い落下するフォークは今まで見たことないな」
「え!?そ、そうなんですか・・・・・」
「・・・・・・・・・・・俺にもまだやることがあるわけだな」
「え!!野々村さん!今何って言ったんですか??」
「なんでもない!甲子園!明日からフォークの練習始めるぞ!とことんしごいてやるから覚悟しとけ!」
「は!はい!!!ありがとうございます!!!」
プロ初試合の敗戦は、決して失敗ではなく、むしろ成幸への道のりの序章だったのだ。
つづく。
Posted by 大浜寅貴 at
23:29
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2012年07月19日
第12話 特訓のあとに
負け試合の次の日、あっさりとベンチから降ろされた。2軍であってもプロはプロである。これがプロという厳しい世界ということなのだ。だけど、ショックよりもむしろワクワク感の方が勝っていた。あの野々村さんから直に練習を教わることができるからだ!
ウォーミングアップをして練習ブルペンに入ると、野々村さんはすでに準備万端といったところだった。
「まずはいつもどおりストレートからだ」
今まで一度も率先して練習などしてこなかったのに、今日の野々村さんはやはり違う。この嬉しさを味わえるのなら、昨日の負けなんてまったく大した事ではない。その高ぶる感情がボールにも宿り、いつも以上の投球ができた。
「よし!ストレートはいい感じだな。じゃあ、早速フォークを試してみようか。まずは1球投げてみろ」
「はい!」
昨日とは違って冷静にボールを握り、気合十分にフォークを投げた!
ところが!そのボールは野々村さんの右隣で練習しているキャッチャーの上を通過していってしまった・・・・・・
あれ!?なぜだ???
よし!もう1球だ!
しっかりとボールを人差し指と中指の間で握り、何回か手首を曲げながらリリースポイントを確認してから投げた!
今度は俺の手を離れると同時に地面に叩きつけられ、転々と転がっていった・・・・・・
????昨日のようにうまくいかない????
「どうした!投げられないのか!」
「あ!いや・・・・なぜかうまくいかないッス・・・・・・」
「昨日の状況を思い出してみろ!」
と、野々村さんに言われはしたが・・・・・・昨日の状況はというと、ただやけになって投げただけだったんだけど・・・・・
・・・・・・・・・・・
ん!?まてよ!やけになって投げたということは、フォークを投げようとして投げたわけではない!?握りをフォークにしただけで、今までのようにストレートを投げている感覚だったんだ!そうか!前におっさんが話してた長所伸展!つまり俺の長所であるストレートの感覚で投げればいいんだ!
「大丈夫です!いきます!!」
ボールの握りだけ変えて、あとはいつもどおりのストレート感覚で投げた!
ボールはストレートの軌道を描きながら、キャッチャーミットめがけてまっすぐ進んだ。と、次の瞬間!!ほぼ真下にボールが落ちた!昨日と同じぐらいなフォークだ!だが昨日と違うのは、そのほぼ直角に落ちてワンバウンドしたボールを野々村さんは後ろに逸らすことなく、身体で受け止めたのだ。おもいっきりみぞおちを食らった野々村さんが咳き込んでいる。慌てて駆け寄って背中をさすった。
「すみません!大丈夫ですか!」
苦しそうにしながらも、なぜか顔はニヤついていた。そして、いきなり立ち上がり大声で笑い出したのだ!当たり所がまずくておかしくなったのか?でも、頭を打ったわけじゃないし・・・・・・・
「これだよ!これ!!このボールを待っていたんだよ!」
「あ、あの~野々村さん、大丈夫ですか?」
俺は正常なのか恐る恐る聞いた。
「あ~大丈夫だ!しかし今の球、落差だけでなく球速も145以上は出てたな!これをウイニングボールとしてマスターすれば1軍の奴らも打てないぞ!」
「ま!まじッスか!!はやいとこマスターしたいッス!野々村さんアドバイス下さい!!」
俺は必死になってお願いした。すると野々村さんはまた大笑いしながら言った。
「マスターするのはお前じゃなく俺だ。確実に捕球できるようにならないとな!さあ!どんどん投げ込んでくれ!」
それからの練習はそれこそ高校野球の泥まみれの猛特訓に近かった。だけど、野々村さんは一度も弱音を吐くことなく、それどころか投げるたびに笑顔になっていった。そしてあっという間に日が暮れていった。練習後、シャワーを浴びてロッカールームで着替えたとき、野々村さんの身体はアザだらけだった。
「大丈夫ですか?すみません・・・・・」
「なぜお前が謝る?謝られるどころか俺は今無性に清々しい気分だ!・・・・・・・・そういえばこんな気分で久しく野球をしていなかったな」
野々村さんは何か考え深げに遠くを見つめながら話した。
「・・・・・・・・・俺は三冠王を取ってからというもの、毎打席ヒットを打たないといけない、ホームランを打たなければ、というような一種の脅迫概念に囚われていたんだ。打てない日には明日、今日の分も打たなければ、そして次の日も打てなくてはまた次の日と・・・。周りからの期待を自分自身に負荷をかけてやってきたんだが、正直疲れていたんだ。だから野球自体がつまらなくなっていった。だが今は違う!お前のおかげだ!ありがとう!甲子園!!」
「え!?俺は何もしてないッスよ」
「お前の球には周りからの期待感とは違う何かを感じた。いや、今になって思えば、俺が勝手に期待されていると思い込んで、自分で自分を追い込んでいたのかもしれない。そのことに気づかせてくれたんだ!お前の球は!」
「お前のフォークは必ず俺が捕る!そして一緒に1軍に殴り込みだ!」
「はい!よろしくおねがいします!!」
プロ野球界をうならす最強で最幸のバッテリー誕生の瞬間だった。
つづく。
ウォーミングアップをして練習ブルペンに入ると、野々村さんはすでに準備万端といったところだった。
「まずはいつもどおりストレートからだ」
今まで一度も率先して練習などしてこなかったのに、今日の野々村さんはやはり違う。この嬉しさを味わえるのなら、昨日の負けなんてまったく大した事ではない。その高ぶる感情がボールにも宿り、いつも以上の投球ができた。
「よし!ストレートはいい感じだな。じゃあ、早速フォークを試してみようか。まずは1球投げてみろ」
「はい!」
昨日とは違って冷静にボールを握り、気合十分にフォークを投げた!
ところが!そのボールは野々村さんの右隣で練習しているキャッチャーの上を通過していってしまった・・・・・・
あれ!?なぜだ???
よし!もう1球だ!
しっかりとボールを人差し指と中指の間で握り、何回か手首を曲げながらリリースポイントを確認してから投げた!
今度は俺の手を離れると同時に地面に叩きつけられ、転々と転がっていった・・・・・・
????昨日のようにうまくいかない????
「どうした!投げられないのか!」
「あ!いや・・・・なぜかうまくいかないッス・・・・・・」
「昨日の状況を思い出してみろ!」
と、野々村さんに言われはしたが・・・・・・昨日の状況はというと、ただやけになって投げただけだったんだけど・・・・・
・・・・・・・・・・・
ん!?まてよ!やけになって投げたということは、フォークを投げようとして投げたわけではない!?握りをフォークにしただけで、今までのようにストレートを投げている感覚だったんだ!そうか!前におっさんが話してた長所伸展!つまり俺の長所であるストレートの感覚で投げればいいんだ!
「大丈夫です!いきます!!」
ボールの握りだけ変えて、あとはいつもどおりのストレート感覚で投げた!
ボールはストレートの軌道を描きながら、キャッチャーミットめがけてまっすぐ進んだ。と、次の瞬間!!ほぼ真下にボールが落ちた!昨日と同じぐらいなフォークだ!だが昨日と違うのは、そのほぼ直角に落ちてワンバウンドしたボールを野々村さんは後ろに逸らすことなく、身体で受け止めたのだ。おもいっきりみぞおちを食らった野々村さんが咳き込んでいる。慌てて駆け寄って背中をさすった。
「すみません!大丈夫ですか!」
苦しそうにしながらも、なぜか顔はニヤついていた。そして、いきなり立ち上がり大声で笑い出したのだ!当たり所がまずくておかしくなったのか?でも、頭を打ったわけじゃないし・・・・・・・
「これだよ!これ!!このボールを待っていたんだよ!」
「あ、あの~野々村さん、大丈夫ですか?」
俺は正常なのか恐る恐る聞いた。
「あ~大丈夫だ!しかし今の球、落差だけでなく球速も145以上は出てたな!これをウイニングボールとしてマスターすれば1軍の奴らも打てないぞ!」
「ま!まじッスか!!はやいとこマスターしたいッス!野々村さんアドバイス下さい!!」
俺は必死になってお願いした。すると野々村さんはまた大笑いしながら言った。
「マスターするのはお前じゃなく俺だ。確実に捕球できるようにならないとな!さあ!どんどん投げ込んでくれ!」
それからの練習はそれこそ高校野球の泥まみれの猛特訓に近かった。だけど、野々村さんは一度も弱音を吐くことなく、それどころか投げるたびに笑顔になっていった。そしてあっという間に日が暮れていった。練習後、シャワーを浴びてロッカールームで着替えたとき、野々村さんの身体はアザだらけだった。
「大丈夫ですか?すみません・・・・・」
「なぜお前が謝る?謝られるどころか俺は今無性に清々しい気分だ!・・・・・・・・そういえばこんな気分で久しく野球をしていなかったな」
野々村さんは何か考え深げに遠くを見つめながら話した。
「・・・・・・・・・俺は三冠王を取ってからというもの、毎打席ヒットを打たないといけない、ホームランを打たなければ、というような一種の脅迫概念に囚われていたんだ。打てない日には明日、今日の分も打たなければ、そして次の日も打てなくてはまた次の日と・・・。周りからの期待を自分自身に負荷をかけてやってきたんだが、正直疲れていたんだ。だから野球自体がつまらなくなっていった。だが今は違う!お前のおかげだ!ありがとう!甲子園!!」
「え!?俺は何もしてないッスよ」
「お前の球には周りからの期待感とは違う何かを感じた。いや、今になって思えば、俺が勝手に期待されていると思い込んで、自分で自分を追い込んでいたのかもしれない。そのことに気づかせてくれたんだ!お前の球は!」
「お前のフォークは必ず俺が捕る!そして一緒に1軍に殴り込みだ!」
「はい!よろしくおねがいします!!」
プロ野球界をうならす最強で最幸のバッテリー誕生の瞬間だった。
つづく。
Posted by 大浜寅貴 at
07:30
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2012年07月25日
第13話 怒り
いよいよし烈な優勝争いが展開されるシーズン終盤。我が1軍も何とか優勝戦線に食い留まってはいるが、いまいちパッとしない試合内容で、ただ残り試合数だけが減ってきている状態だった。この状況を打破するべく、1軍コーチ陣は新しい選手起用を頻繁に行っていた。新しい選手とは俺ら2軍選手であって、もちろんその中に俺も含まれている。だがしかし、俺には一向に昇格の声がかからない。それもそのはずで、2軍の試合にすら出場していないからだ。その分、練習時間が増えたおかげで、ストレートとフォークには自信がついてきた。その自信を試合で試したい。俺は早く試合に出場したかった。だが2軍の試合にすら出場できない。
・・・俺は焦っていた。
・・・そして、その焦りからとんでもない事態を起こしてしまったのだ!
俺はいつものように野々村さんとのブルペン練習をしていた。ストレートもキレがあり、フォークの落差もいつものように絶好調だった。野々村さんもまだ完璧な捕球ではないが、ボールを身体で受け止め、後ろに逸らすことはなかった。これなら試合でも投げられる。野々村さんとバッテリーを組めば大丈夫だ!そう思っていた時、ブルペン練習場に投手コーチがやってきた。
よし!ここでアピールすれば試合に出してもらえるはずだ!俺は今まで通りに投球を披露した。ストレート・フォークどれも申し分ない!どうだ!といわんばかりに、コーチに向かってドヤ顔をしてみせた。ところが、そのコーチは無表情のままブルペンを去っていったのだ。
ん!?なにがいけないんだ??
俺は野々村さんに聞いてみた。するとまったく予想してない答えが返ってきた。
「うん、確かにストレート・フォークどれを取っても試合で通用するのは間違いない球だ」
「じゃあ、どうしてコーチは俺を試合に使ってくれないッスか?」
野々村さんはしばらく沈黙した後、こう言った。
「実は言いにくいことなんだが・・・・・・、俺もコーチにお前を試合に出してくれってお願いしたんだ。今のお前なら大丈夫だと。そしたらな・・・・・・『しょせんは育成上がりだろ』って一蹴されてしまったんだ」
「へ??それってどういうことッスか?」
「・・・・・あのコーチが現役の頃、俺も一緒に戦ってきたんだが、昔からそういう冷淡なところがあったんだ。泥臭いことが大嫌いな性格なんだ。高校・大学と一流名門出身で、常に天才肌で、自分は生まれもった才能がある限られた人間だと思い込んでいるようなヤツなんだ。知ってるだろ、このチームで育成から這い上がったヤツがいないことを。それもこれもあいつがここ2軍でストップかけてるのさ。・・・・・正直俺もあいつのやり方が気に食わね~。だが、まがりなりにもコーチだからな・・・・・・」
俺は呆然と立ちつくしたまま、理解不能に陥った・・・・・・・・
じゃあこのチームにいる限り、俺は一生1軍昇格できないってことなのか!?
やっと理性を取り戻したのと同時に怒りが込上げてきた!そんな理不尽なことがあってたまるか!俺は怒りに身を任せたまま、コーチがいる会議室に怒鳴り込んだ!
「どういうことですか!なんで育成だからって試合に出れないんですか!!」
怒り心頭の俺がいきなり現れたにもかかわらず、コーチは至って冷静に微笑を浮かべた。
「ふっ、これだから野蛮人は困る。この際はっきり言っとくが、お前みたいな無能な奴らと同じ場所にいるだけで俺は虫唾が走るんだよ!無能なら無能らしく大人しくしてろ!それが嫌ならとっととやめろ!」
プチーーーーーン!!!
次の瞬間、俺の右ストレートがコーチの顔面を捕らえていた。見事にクリーンヒットしたコーチの顔面から鼻血が噴き出したと同時に野々村さんが駆けつけてきた。
あちゃ~やっちゃった・・・・・・・・
俺は自慢のストレートをボールではなく拳でアピールしてしまったのだ・・・・・・・・・
つづく。
・・・俺は焦っていた。
・・・そして、その焦りからとんでもない事態を起こしてしまったのだ!
俺はいつものように野々村さんとのブルペン練習をしていた。ストレートもキレがあり、フォークの落差もいつものように絶好調だった。野々村さんもまだ完璧な捕球ではないが、ボールを身体で受け止め、後ろに逸らすことはなかった。これなら試合でも投げられる。野々村さんとバッテリーを組めば大丈夫だ!そう思っていた時、ブルペン練習場に投手コーチがやってきた。
よし!ここでアピールすれば試合に出してもらえるはずだ!俺は今まで通りに投球を披露した。ストレート・フォークどれも申し分ない!どうだ!といわんばかりに、コーチに向かってドヤ顔をしてみせた。ところが、そのコーチは無表情のままブルペンを去っていったのだ。
ん!?なにがいけないんだ??
俺は野々村さんに聞いてみた。するとまったく予想してない答えが返ってきた。
「うん、確かにストレート・フォークどれを取っても試合で通用するのは間違いない球だ」
「じゃあ、どうしてコーチは俺を試合に使ってくれないッスか?」
野々村さんはしばらく沈黙した後、こう言った。
「実は言いにくいことなんだが・・・・・・、俺もコーチにお前を試合に出してくれってお願いしたんだ。今のお前なら大丈夫だと。そしたらな・・・・・・『しょせんは育成上がりだろ』って一蹴されてしまったんだ」
「へ??それってどういうことッスか?」
「・・・・・あのコーチが現役の頃、俺も一緒に戦ってきたんだが、昔からそういう冷淡なところがあったんだ。泥臭いことが大嫌いな性格なんだ。高校・大学と一流名門出身で、常に天才肌で、自分は生まれもった才能がある限られた人間だと思い込んでいるようなヤツなんだ。知ってるだろ、このチームで育成から這い上がったヤツがいないことを。それもこれもあいつがここ2軍でストップかけてるのさ。・・・・・正直俺もあいつのやり方が気に食わね~。だが、まがりなりにもコーチだからな・・・・・・」
俺は呆然と立ちつくしたまま、理解不能に陥った・・・・・・・・
じゃあこのチームにいる限り、俺は一生1軍昇格できないってことなのか!?
やっと理性を取り戻したのと同時に怒りが込上げてきた!そんな理不尽なことがあってたまるか!俺は怒りに身を任せたまま、コーチがいる会議室に怒鳴り込んだ!
「どういうことですか!なんで育成だからって試合に出れないんですか!!」
怒り心頭の俺がいきなり現れたにもかかわらず、コーチは至って冷静に微笑を浮かべた。
「ふっ、これだから野蛮人は困る。この際はっきり言っとくが、お前みたいな無能な奴らと同じ場所にいるだけで俺は虫唾が走るんだよ!無能なら無能らしく大人しくしてろ!それが嫌ならとっととやめろ!」
プチーーーーーン!!!
次の瞬間、俺の右ストレートがコーチの顔面を捕らえていた。見事にクリーンヒットしたコーチの顔面から鼻血が噴き出したと同時に野々村さんが駆けつけてきた。
あちゃ~やっちゃった・・・・・・・・
俺は自慢のストレートをボールではなく拳でアピールしてしまったのだ・・・・・・・・・
つづく。
Posted by 大浜寅貴 at
18:43
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2012年07月27日
第14話 絶望
シーズン残り謹慎処分!!
これがコーチを殴った俺に下された罰だった。謹慎処分ですんで良かったと周りは言うが、来季がない俺にとっては事実上の解雇宣告である。これで俺のプロ野球人生が終わった。まあ、どの道この球団からは育成上がりは1軍へ行けないのだから、最初っから俺のプロ野球人生なんてものはなかったんだ。俺は今まで何をしてきたのだろう・・・。野球しか知らない俺はこの先どうなるのだろう・・・。考えれば考えるだけ憂鬱になっていく。俺はあの事件以降、部屋に閉じこもって先の見えない不安と苛立ちの中で、何もできずにただ寝っころがっているだけだった。そんな俺におっさんはいつものように笑顔で接してくれた。だが、そのおっさんの笑顔を見るだびに、不安が重くのしかかってくるのだった。
「大丈夫!すべてはうまくいっているんだよ~。すべては必然なんだから~。大丈夫!大丈夫!!」
俺のことを想って言ってくれていることはわかっている。わかってはいるが、この時ばかりはおっさんの言葉が素直に響かない。何も大丈夫じゃないよ!慰めてくれよ!いつしか、おっさんの笑顔と言葉に苛立ちを感じるようになっていった。そんなある日、野々村さんから、家に食事に来いよ、と連絡があった。正直、外出する気分ではなかったが、今はおっさんとは一緒にいたくなかったので、野々村家へ出かけることにした。おっさんは、うんうんと頷きながら笑顔で見送ってくれた。
俺が住んでいる球団寮から電車で30分のところの閑静な住宅街に野々村さんの家はあった。さすがに三冠王を取った人の家だけあって、一目でわかる周りとは別格な豪邸だった。来年小学生になる可愛い娘と、モデル並みのスレンダーな奥さんの3人家族だった。プロ野球で成功した人は、こんな豪邸と素敵な家族にも恵まれるものなのか~。俺にはもう叶わない夢なのか・・・。うつむき加減な俺に野々村さんはビールを注いでくれて、とりあえずはお疲れさんと乾杯をした。テーブルには次から次へとテレビか雑誌でしか見たことがない料理が出てきた。こんな精神状態でなければ、料理にがっついていただろう。だけど、今はこんな美味しそうな料理を目の前にしても食欲が出てこない。俺のせいでどんよりした食卓になってしまった。
「俺には何もできんが、お前には本当に感謝している。ありがとう」
ほろ酔い気味な野々村さんが話し出した。
「そんな感謝だなんて・・・・。俺の方こそ今までありがとうございました・・・・」
「そんな終わりみたいな言い方するな!まだ諦めるな!」
「そんなこと言ったって・・・・。野々村さんも知っているでしょ・・・・。事実上クビですから・・・・」
「そ、それは・・・・・」
また重たい空気になってしまった。
ガッシャーーーン
その空気を察してか、野々村さんの娘がフォークをテーブルの下へ落としてしまった。慌てて奥さんがフォークを拾いながら話した。
「まあまあ、野球の話はここまで!わざわざ来てくれたんだから楽しくお食事しましょうよ。ね!あなた!」
「そ、そうだな。今日はゆっくりくつろいでくれよ!さぁ飲もう」
「・・・・・そうですね。いただきます」
野々村さんも奥さんも俺のことを想ってくれている。ほんとにありがたいことだ。今日だけはすべてを忘れて食事を楽しもうと思った。
「う!うまいッス!!」
「そうだろ~。なんてったって元フランス料理店のシェフの味だからな」
フランス料理か~。どうりで今まで見たことしかない料理の数々だ。俺はさすがにがっつくまではいかなかったが、初めてのフランス料理を堪能していた。こんな素敵な奥さんと子供がいて、幸せな家庭を築いている野々村家に少しばかり癒されていたとき、はっ!と脳裏に一人の女性が現れたのだった。
そうだ!
俺は彼女と約束していたんだ!!
つづく。
これがコーチを殴った俺に下された罰だった。謹慎処分ですんで良かったと周りは言うが、来季がない俺にとっては事実上の解雇宣告である。これで俺のプロ野球人生が終わった。まあ、どの道この球団からは育成上がりは1軍へ行けないのだから、最初っから俺のプロ野球人生なんてものはなかったんだ。俺は今まで何をしてきたのだろう・・・。野球しか知らない俺はこの先どうなるのだろう・・・。考えれば考えるだけ憂鬱になっていく。俺はあの事件以降、部屋に閉じこもって先の見えない不安と苛立ちの中で、何もできずにただ寝っころがっているだけだった。そんな俺におっさんはいつものように笑顔で接してくれた。だが、そのおっさんの笑顔を見るだびに、不安が重くのしかかってくるのだった。
「大丈夫!すべてはうまくいっているんだよ~。すべては必然なんだから~。大丈夫!大丈夫!!」
俺のことを想って言ってくれていることはわかっている。わかってはいるが、この時ばかりはおっさんの言葉が素直に響かない。何も大丈夫じゃないよ!慰めてくれよ!いつしか、おっさんの笑顔と言葉に苛立ちを感じるようになっていった。そんなある日、野々村さんから、家に食事に来いよ、と連絡があった。正直、外出する気分ではなかったが、今はおっさんとは一緒にいたくなかったので、野々村家へ出かけることにした。おっさんは、うんうんと頷きながら笑顔で見送ってくれた。
俺が住んでいる球団寮から電車で30分のところの閑静な住宅街に野々村さんの家はあった。さすがに三冠王を取った人の家だけあって、一目でわかる周りとは別格な豪邸だった。来年小学生になる可愛い娘と、モデル並みのスレンダーな奥さんの3人家族だった。プロ野球で成功した人は、こんな豪邸と素敵な家族にも恵まれるものなのか~。俺にはもう叶わない夢なのか・・・。うつむき加減な俺に野々村さんはビールを注いでくれて、とりあえずはお疲れさんと乾杯をした。テーブルには次から次へとテレビか雑誌でしか見たことがない料理が出てきた。こんな精神状態でなければ、料理にがっついていただろう。だけど、今はこんな美味しそうな料理を目の前にしても食欲が出てこない。俺のせいでどんよりした食卓になってしまった。
「俺には何もできんが、お前には本当に感謝している。ありがとう」
ほろ酔い気味な野々村さんが話し出した。
「そんな感謝だなんて・・・・。俺の方こそ今までありがとうございました・・・・」
「そんな終わりみたいな言い方するな!まだ諦めるな!」
「そんなこと言ったって・・・・。野々村さんも知っているでしょ・・・・。事実上クビですから・・・・」
「そ、それは・・・・・」
また重たい空気になってしまった。
ガッシャーーーン
その空気を察してか、野々村さんの娘がフォークをテーブルの下へ落としてしまった。慌てて奥さんがフォークを拾いながら話した。
「まあまあ、野球の話はここまで!わざわざ来てくれたんだから楽しくお食事しましょうよ。ね!あなた!」
「そ、そうだな。今日はゆっくりくつろいでくれよ!さぁ飲もう」
「・・・・・そうですね。いただきます」
野々村さんも奥さんも俺のことを想ってくれている。ほんとにありがたいことだ。今日だけはすべてを忘れて食事を楽しもうと思った。
「う!うまいッス!!」
「そうだろ~。なんてったって元フランス料理店のシェフの味だからな」
フランス料理か~。どうりで今まで見たことしかない料理の数々だ。俺はさすがにがっつくまではいかなかったが、初めてのフランス料理を堪能していた。こんな素敵な奥さんと子供がいて、幸せな家庭を築いている野々村家に少しばかり癒されていたとき、はっ!と脳裏に一人の女性が現れたのだった。
そうだ!
俺は彼女と約束していたんだ!!
つづく。
Posted by 大浜寅貴 at
09:13
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2012年07月31日
第15話 彼女の存在
高校卒業後、育成が決まった俺は野球に打ち込みたくて、正式に支配下登録し、1軍デビューするまでは逢わないでいようと彼女と約束していた。育成1年目の頃はよくメールをしていたが、だんだんとその回数も減っていき、いつしか彼女の存在すら忘れていた。いや、忘れていたわけではなく、忘れようとしていただけなのだが、まあ遠距離恋愛にはよくあることだとぐらいにしか思っていなかった。その彼女のことを急に思い出した時に、なぜか無性に逢いたくなったのだ。約束の1軍デビューどころか、事実上のクビ宣告を受けているのに・・・。どん底の精神状態で、何振り構わずに、ただ女に逢いたいという男の欲望なのか・・・。
彼女の名は「木村 小春」
高校の時の野球部のマネージャーで、いつも俺を応援してくれていた。誰よりも俺がプロ野球選手になれると信じていた小春は、育成が決まった時も「え~甲ちゃんがドラフト1位じゃないなんて、スカウトも見る目ないわね~」と俺を励ましてくれた。そんなかけがえのない存在だった小春のことを、調子がいい時には忘れようとし、調子が悪い時には逢いたいなんて。俺はなんて都合のいい男なんだ、とは思いながらも、逢いたい衝動は抑えきれずに、俺は小春に逢いに向かった。
電車で2時間はかかる隣県に彼女は住んでいる。初めての土地で住所だけを頼りに俺は小春の住んでいるアパートを探した。小春は今、大手化粧品メーカーで営業として働いている。営業職は残業続きで大変だと、前に連絡を取っていた時に聞いていたので、アパートに行ってもいないのではと、正直不安ではあった。小春のアパートはあっさり探すことができた。だが、逢ったところでいったい何を話せばいいのかわからないし、俺からの連絡が途絶えてから新しい彼氏でもできたかもしれない。ドアの前でどうしていいかわからずに、ウロウロしているといきなり小春の部屋のドアが開いたのだ!
「甲ちゃん、久しぶり!」
!!!
小春はまるで俺が来ることを知っていたかのように、笑顔で俺を出迎えた。
「あ、あ、ひ、久しぶりだね、な、なんで俺がいるのわかったの?」
「窓から甲ちゃんのシルエットが見えたから」
「シルエット!?で、でもそれだけで俺ってわかる?」
「そろそろ来る頃だろうって思っていたから」
「え!?そろそろ来る頃って??」
「まあ~それはいいから。それより私に逢いに来てくれたってことは1軍に昇格したってこと?」
「そ、それが・・・・実は俺・・・・・クビになったんだ・・・・・・」
「クビになったって、正式に解雇されたの?」
「い、いや、正式に解雇宣告を受けたわけじゃないけど・・・・ちょっと問題起こしちゃって、それで、今シーズン謹慎なんだ」
「な~んだ、ただの謹慎じゃない。正式に解雇されたわけじゃないなら、まだチャンスは絶対にあるはずだよ。だったら約束どおり1軍の選手になってまた逢いに来てね。それまではもう来ないでね」
笑顔でそういうと、小春はドアを閉めて鍵をかけてしまった。
え~~~~!!
何がなんだかわけがわからなくなった。
どうして俺が来ることを知っていたのか?
小春はまるで俺の現状を知っているかのような素振りだった。わけがわからず、だからといっていつまでも小春の部屋の前に立っているわけにもいかずに俺は寮に帰った。
帰ってきた俺におっさんが話しかけてくれた。
「どうだった?彼女さんは?」
!!!
誰にも言わずに出かけたのに、この人までも俺の行動がわかるのか!?
「どうして俺が彼女のところに行ったってわかるッスか!彼女だってなぜか俺が来ることを知っていたみたいだし・・・・。あ!もしかして!おっさん、何か知ってますね!教えて下さい!」
「い、いや~やっぱり僕には隠し事はできないな~」
おっさんがなぜか照れくさそうに苦笑いをして続けた。
「甲子園くんが2軍で投げた試合あったでしょう。あのすっごいフォーク投げたけどキャッチャーが後逸してサヨナラ負けした試合。あの試合に彼女さん観に来ていたんだよ」
「ま、まじッスか!!!!で、でも、なんで俺がベンチ入りしたこと知ってるんッスか?」
「うん、それがね~~僕が知らせたんだよ」
???????
ますますわけがわからなくなってしまった。なんでおっさんが小春のこと知っているのか?
「どうしておっさんが小春のことを?」
「うん、実はね~育成の練習場に毎週のように見学に来ている女性がいるのを見つけたんだ。しかも、超美人!ちょっと気になったもんだから、話しかけたんだよ。美人だしね。結婚してても美人を見つけると話しかけたくなるのはやっぱり男の性なのかな~ハハハハハハハハ!」
おっさんの性なんてどうでもいい。
「で、その美人が彼女さんだったんだよ」
「え!?小春が練習見に来てたんですか?」
「そうなんだよ。でも、絶対に甲子園くんには言わないで欲しいって。だから、今まで隠していたんだけどね~。ばれちゃったからしょうがないね~。あ!ばらしたの僕か!ハハハハハハハハ!」
俺が睨みを利かすとおっさんは咳払いをして続けた。
「でね、それからは甲子園くんの状況を教えて欲しいって言われてね。僕がいろいろと状況を教えていたんだよ」
そうだったのか・・・・
俺のほうはすっかり忘れようとしていたのに、小春のほうはずっと俺を見ていたのか・・・・
「小春は俺がもう1軍へは上がれないことを知っていたんだ・・・・。じゃあ、1軍に上がるまでもう来ないでっていうのは、もう逢いたくないってことなのか・・・・」
「う~ん、そうかな~?彼女さんがなぜそんなことを言ったのか。それはね、きっと甲子園くんのことを信じているからだと思うよ~。今シーズン謹慎処分は事実上のクビかもしれない。だけどね、謹慎でもまだこの球団の所属選手であることにはかわりない。いくら謹慎中だからって、何もやるなってことじゃない。今この状況でもやれることは必ずある!やれることがあるということは可能性は0ではない!ってことだよ。なんだっていいじゃない。そうやって諦めずに、甲子園くんが這い上がって、1軍を獲得することを彼女さんは信じているからこそ、そう言ったんじゃないかな~」
俺はいつの間にか涙を流していた。ただ、この涙の奥に光る一筋の光が俺にはとても眩しくて輝いて見えたのだった。
つづく。
彼女の名は「木村 小春」
高校の時の野球部のマネージャーで、いつも俺を応援してくれていた。誰よりも俺がプロ野球選手になれると信じていた小春は、育成が決まった時も「え~甲ちゃんがドラフト1位じゃないなんて、スカウトも見る目ないわね~」と俺を励ましてくれた。そんなかけがえのない存在だった小春のことを、調子がいい時には忘れようとし、調子が悪い時には逢いたいなんて。俺はなんて都合のいい男なんだ、とは思いながらも、逢いたい衝動は抑えきれずに、俺は小春に逢いに向かった。
電車で2時間はかかる隣県に彼女は住んでいる。初めての土地で住所だけを頼りに俺は小春の住んでいるアパートを探した。小春は今、大手化粧品メーカーで営業として働いている。営業職は残業続きで大変だと、前に連絡を取っていた時に聞いていたので、アパートに行ってもいないのではと、正直不安ではあった。小春のアパートはあっさり探すことができた。だが、逢ったところでいったい何を話せばいいのかわからないし、俺からの連絡が途絶えてから新しい彼氏でもできたかもしれない。ドアの前でどうしていいかわからずに、ウロウロしているといきなり小春の部屋のドアが開いたのだ!
「甲ちゃん、久しぶり!」
!!!
小春はまるで俺が来ることを知っていたかのように、笑顔で俺を出迎えた。
「あ、あ、ひ、久しぶりだね、な、なんで俺がいるのわかったの?」
「窓から甲ちゃんのシルエットが見えたから」
「シルエット!?で、でもそれだけで俺ってわかる?」
「そろそろ来る頃だろうって思っていたから」
「え!?そろそろ来る頃って??」
「まあ~それはいいから。それより私に逢いに来てくれたってことは1軍に昇格したってこと?」
「そ、それが・・・・実は俺・・・・・クビになったんだ・・・・・・」
「クビになったって、正式に解雇されたの?」
「い、いや、正式に解雇宣告を受けたわけじゃないけど・・・・ちょっと問題起こしちゃって、それで、今シーズン謹慎なんだ」
「な~んだ、ただの謹慎じゃない。正式に解雇されたわけじゃないなら、まだチャンスは絶対にあるはずだよ。だったら約束どおり1軍の選手になってまた逢いに来てね。それまではもう来ないでね」
笑顔でそういうと、小春はドアを閉めて鍵をかけてしまった。
え~~~~!!
何がなんだかわけがわからなくなった。
どうして俺が来ることを知っていたのか?
小春はまるで俺の現状を知っているかのような素振りだった。わけがわからず、だからといっていつまでも小春の部屋の前に立っているわけにもいかずに俺は寮に帰った。
帰ってきた俺におっさんが話しかけてくれた。
「どうだった?彼女さんは?」
!!!
誰にも言わずに出かけたのに、この人までも俺の行動がわかるのか!?
「どうして俺が彼女のところに行ったってわかるッスか!彼女だってなぜか俺が来ることを知っていたみたいだし・・・・。あ!もしかして!おっさん、何か知ってますね!教えて下さい!」
「い、いや~やっぱり僕には隠し事はできないな~」
おっさんがなぜか照れくさそうに苦笑いをして続けた。
「甲子園くんが2軍で投げた試合あったでしょう。あのすっごいフォーク投げたけどキャッチャーが後逸してサヨナラ負けした試合。あの試合に彼女さん観に来ていたんだよ」
「ま、まじッスか!!!!で、でも、なんで俺がベンチ入りしたこと知ってるんッスか?」
「うん、それがね~~僕が知らせたんだよ」
???????
ますますわけがわからなくなってしまった。なんでおっさんが小春のこと知っているのか?
「どうしておっさんが小春のことを?」
「うん、実はね~育成の練習場に毎週のように見学に来ている女性がいるのを見つけたんだ。しかも、超美人!ちょっと気になったもんだから、話しかけたんだよ。美人だしね。結婚してても美人を見つけると話しかけたくなるのはやっぱり男の性なのかな~ハハハハハハハハ!」
おっさんの性なんてどうでもいい。
「で、その美人が彼女さんだったんだよ」
「え!?小春が練習見に来てたんですか?」
「そうなんだよ。でも、絶対に甲子園くんには言わないで欲しいって。だから、今まで隠していたんだけどね~。ばれちゃったからしょうがないね~。あ!ばらしたの僕か!ハハハハハハハハ!」
俺が睨みを利かすとおっさんは咳払いをして続けた。
「でね、それからは甲子園くんの状況を教えて欲しいって言われてね。僕がいろいろと状況を教えていたんだよ」
そうだったのか・・・・
俺のほうはすっかり忘れようとしていたのに、小春のほうはずっと俺を見ていたのか・・・・
「小春は俺がもう1軍へは上がれないことを知っていたんだ・・・・。じゃあ、1軍に上がるまでもう来ないでっていうのは、もう逢いたくないってことなのか・・・・」
「う~ん、そうかな~?彼女さんがなぜそんなことを言ったのか。それはね、きっと甲子園くんのことを信じているからだと思うよ~。今シーズン謹慎処分は事実上のクビかもしれない。だけどね、謹慎でもまだこの球団の所属選手であることにはかわりない。いくら謹慎中だからって、何もやるなってことじゃない。今この状況でもやれることは必ずある!やれることがあるということは可能性は0ではない!ってことだよ。なんだっていいじゃない。そうやって諦めずに、甲子園くんが這い上がって、1軍を獲得することを彼女さんは信じているからこそ、そう言ったんじゃないかな~」
俺はいつの間にか涙を流していた。ただ、この涙の奥に光る一筋の光が俺にはとても眩しくて輝いて見えたのだった。
つづく。
Posted by 大浜寅貴 at
21:14
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2012年08月01日
第16話 感謝
台風一過のような澄み切った清々しい気分で朝早く目覚めた。
今やるべきことが必ずある!そう自分に言い聞かせ、何ができるかを考えてみた。しかし、実際考えてみても何ができるのかわからない・・・・・。考えてもしょうがない!とりあえず練習場へ行ってみよう!まずは行動しよう!そう思い、練習場へ向かうことにした。
早朝の練習場にはまだ誰もいないであろうと思い、グラウンドに入ると離れたところに複数の人影が見えた。え!こんなに朝早くから練習しているヤツがいるのか!?謹慎中の俺は、恐る恐るその人たちに近づいていった。誰なのか確認できるぐらい近づくと、その人たちは選手ではなく球団職員なのがわかった。選手よりも先に来て何をやっているのかな?そう思って立っていると、その球団職員も俺の存在に気づいたらしく、俺に近づいてきた。
「おはようございます!甲子園さん。こんなに早くから練習ですか?」
自分の親ぐらいの年齢はあるだろう、細身の身体をしたジャージ姿の職員が声をかけてきた。
「あ!いや~・・・・練習ってわけじゃあないですけど・・・・・。あの~そちらこそ朝早くから何をされているんですか?」
「今は草むしりをやってました。ここのグラウンドは結構頻繁に雑草が生えてくるんですよ。だから週に1・2回はやらないといけないんですよ」
俺の身体に電撃が走った!!毎日練習してきたこのグラウンドに雑草が生い茂っていたことなんて一度もない!ということは、この人たちがちゃんと手入れをしてくれていたおかげなんだ!
「もしかして毎日こんな早くから来ているんですか?」
「そうですね、私たちの仕事は選手が来る前にやっておかなければいけないことですからね~」
おれは辺りを見回した。雑草が一本もない外野、きれいにトンボがかけられた内野、ホームベースの辺りには練習器具がすでに準備されている。バックネット側もバッティング練習用のネットがすでに立っている。ボールも1個1個がきれいに磨かれている。
・・・・・・・・・
俺はこの人たちと出逢うまでは、今までの環境が当たり前なことだと思っていた。ボールがあるのも、マウンドが整備されていることも、練習道具が揃っていることも・・・・・すべてが当たり前だと思っていた。でもそれは決して当たり前なことではないのだ。この人たちがちゃんと準備してくれたおかげで練習ができるのだ!
「俺にも手伝わせて下さい!お願いします!!」
「え!?でも甲子園さんは選手ですから~こんな裏方の仕事はいいですよ~」
俺はその球団職員に事情を説明した。
「そういうことですか、わかりました。じゃあお願いします」
その球団職員の胸にはSUZUKIの文字が刺繍されていた。俺ら選手はこの人たちのおかげで野球ができる。なのに俺はその大切な職員の名前すら知らなかったのだ・・・・・
それからは鈴木さんとともに、いわゆる裏方の仕事をやった。飲み物の準備や、スタッフ会議の資料作成、ユニフォームの洗濯、シャワールームの清掃、トイレ掃除・・・・やることはたくさんあった。その仕事を一つひとつこなす度に、当たり前なことが有難しこと、つまり感謝に変わっていった。つい最近まで一緒に練習していた選手からの冷めた視線を感じても、俺はちっとも恥ずかしくなかった。この人たちのおかげで選手は野球に集中できるのだ。この人たち・この仕事、この出逢いと経験は何ものにも代えがたいものだった。俺は胸を張って堂々と仕事を続けたのだった。
つづく。
今やるべきことが必ずある!そう自分に言い聞かせ、何ができるかを考えてみた。しかし、実際考えてみても何ができるのかわからない・・・・・。考えてもしょうがない!とりあえず練習場へ行ってみよう!まずは行動しよう!そう思い、練習場へ向かうことにした。
早朝の練習場にはまだ誰もいないであろうと思い、グラウンドに入ると離れたところに複数の人影が見えた。え!こんなに朝早くから練習しているヤツがいるのか!?謹慎中の俺は、恐る恐るその人たちに近づいていった。誰なのか確認できるぐらい近づくと、その人たちは選手ではなく球団職員なのがわかった。選手よりも先に来て何をやっているのかな?そう思って立っていると、その球団職員も俺の存在に気づいたらしく、俺に近づいてきた。
「おはようございます!甲子園さん。こんなに早くから練習ですか?」
自分の親ぐらいの年齢はあるだろう、細身の身体をしたジャージ姿の職員が声をかけてきた。
「あ!いや~・・・・練習ってわけじゃあないですけど・・・・・。あの~そちらこそ朝早くから何をされているんですか?」
「今は草むしりをやってました。ここのグラウンドは結構頻繁に雑草が生えてくるんですよ。だから週に1・2回はやらないといけないんですよ」
俺の身体に電撃が走った!!毎日練習してきたこのグラウンドに雑草が生い茂っていたことなんて一度もない!ということは、この人たちがちゃんと手入れをしてくれていたおかげなんだ!
「もしかして毎日こんな早くから来ているんですか?」
「そうですね、私たちの仕事は選手が来る前にやっておかなければいけないことですからね~」
おれは辺りを見回した。雑草が一本もない外野、きれいにトンボがかけられた内野、ホームベースの辺りには練習器具がすでに準備されている。バックネット側もバッティング練習用のネットがすでに立っている。ボールも1個1個がきれいに磨かれている。
・・・・・・・・・
俺はこの人たちと出逢うまでは、今までの環境が当たり前なことだと思っていた。ボールがあるのも、マウンドが整備されていることも、練習道具が揃っていることも・・・・・すべてが当たり前だと思っていた。でもそれは決して当たり前なことではないのだ。この人たちがちゃんと準備してくれたおかげで練習ができるのだ!
「俺にも手伝わせて下さい!お願いします!!」
「え!?でも甲子園さんは選手ですから~こんな裏方の仕事はいいですよ~」
俺はその球団職員に事情を説明した。
「そういうことですか、わかりました。じゃあお願いします」
その球団職員の胸にはSUZUKIの文字が刺繍されていた。俺ら選手はこの人たちのおかげで野球ができる。なのに俺はその大切な職員の名前すら知らなかったのだ・・・・・
それからは鈴木さんとともに、いわゆる裏方の仕事をやった。飲み物の準備や、スタッフ会議の資料作成、ユニフォームの洗濯、シャワールームの清掃、トイレ掃除・・・・やることはたくさんあった。その仕事を一つひとつこなす度に、当たり前なことが有難しこと、つまり感謝に変わっていった。つい最近まで一緒に練習していた選手からの冷めた視線を感じても、俺はちっとも恥ずかしくなかった。この人たちのおかげで選手は野球に集中できるのだ。この人たち・この仕事、この出逢いと経験は何ものにも代えがたいものだった。俺は胸を張って堂々と仕事を続けたのだった。
つづく。
Posted by 大浜寅貴 at
18:35
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2012年08月03日
第17話 応援
俺は毎朝、誰よりも早く練習場へ行き、鈴木さんら球団職員とともに、裏方作業を行っていた。今までまったく気づかなかった当たり前なことを、当たり前じゃないと気づけた貴重な経験を、身をもって体験できる。この作業ができることが何よりも嬉しく、そして有難く感じていた。
だが、選手を諦めたわけではない。何とかしても野球がやりたかった。裏方作業中も首脳陣に自分の頑張り具合をアピールしながら、謹慎処分を解いてほしいオーラを出していた。
そこへ、俺が殴ったコーチがニヤつきながらやってきた。
「お~、いい身分だの~。育成上がりにはちょうどいい。お前にはそこがお似合いよ!」
グラウンドにいる全員に聞こえるぐらい大声で高笑いしながらそう言ったのだ。
俺は怒りが込上げてきた!育成上がりの俺に対してよりも、俺たちのために毎日一生懸命な球団職員までも侮辱するようなことを言ったからだ!この人たちのおかげで野球ができるのに!そんなにコーチが選手がえらいのか!特にこのコーチはエリート出だから縁の下の有難さなんてわからないのだ。くそ!エリートが何だ!そんな差別があっていいのか!俺は不公平さを感じながら作業を進めていた。だけど、鈴木さんら職員は不平不満を一切言わずに作業をしている。俺は鈴木さんに聞いてみた。
「あんな人のために何で働けるんですか?」
すると、鈴木さんは笑顔でこう言った。
「まあ~世の中にはいろんな人がいるからね。そんなこといちいち気にしてられないよ。そんなことよりも僕は何よりも野球が好きなんだ。だけど、選手にはなれなかった・・・・・。けどね、選手になることだけが野球をすることじゃないって気づいたんだ。だから、この仕事は僕の誇りなんだ。試合をするのは選手やコーチ・監督だけど、僕たちも心の中では一緒に戦っているんだよ。一緒にグラウンドに立っているつもりなんだ」
俺は何も返す言葉がなかった。
「だけどね、甲子園くんにはやっぱり選手としてマウンドに立ってほしいな。野々村さんとの特訓を見てたとき、僕の中にも何か熱いものが込上げてきてね。甲子園くんのピッチングには見ている人を魅了する力を感じるんだ。やっぱり甲子園くんにはマウンドが似合うよ。だから、決して諦めないでね」
鈴木さんと話しているうちに、コーチに対する怒りはもうなくなっていた。俺はこんなにも応援されているんだ!何とかしてもう一度野球がしたい!
野球に対する情熱がまた一段とパワーアップしたのだった。
つづく。
だが、選手を諦めたわけではない。何とかしても野球がやりたかった。裏方作業中も首脳陣に自分の頑張り具合をアピールしながら、謹慎処分を解いてほしいオーラを出していた。
そこへ、俺が殴ったコーチがニヤつきながらやってきた。
「お~、いい身分だの~。育成上がりにはちょうどいい。お前にはそこがお似合いよ!」
グラウンドにいる全員に聞こえるぐらい大声で高笑いしながらそう言ったのだ。
俺は怒りが込上げてきた!育成上がりの俺に対してよりも、俺たちのために毎日一生懸命な球団職員までも侮辱するようなことを言ったからだ!この人たちのおかげで野球ができるのに!そんなにコーチが選手がえらいのか!特にこのコーチはエリート出だから縁の下の有難さなんてわからないのだ。くそ!エリートが何だ!そんな差別があっていいのか!俺は不公平さを感じながら作業を進めていた。だけど、鈴木さんら職員は不平不満を一切言わずに作業をしている。俺は鈴木さんに聞いてみた。
「あんな人のために何で働けるんですか?」
すると、鈴木さんは笑顔でこう言った。
「まあ~世の中にはいろんな人がいるからね。そんなこといちいち気にしてられないよ。そんなことよりも僕は何よりも野球が好きなんだ。だけど、選手にはなれなかった・・・・・。けどね、選手になることだけが野球をすることじゃないって気づいたんだ。だから、この仕事は僕の誇りなんだ。試合をするのは選手やコーチ・監督だけど、僕たちも心の中では一緒に戦っているんだよ。一緒にグラウンドに立っているつもりなんだ」
俺は何も返す言葉がなかった。
「だけどね、甲子園くんにはやっぱり選手としてマウンドに立ってほしいな。野々村さんとの特訓を見てたとき、僕の中にも何か熱いものが込上げてきてね。甲子園くんのピッチングには見ている人を魅了する力を感じるんだ。やっぱり甲子園くんにはマウンドが似合うよ。だから、決して諦めないでね」
鈴木さんと話しているうちに、コーチに対する怒りはもうなくなっていた。俺はこんなにも応援されているんだ!何とかしてもう一度野球がしたい!
野球に対する情熱がまた一段とパワーアップしたのだった。
つづく。
Posted by 大浜寅貴 at
18:43
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2012年08月08日
第18話 劣等感
今日も球団職員との裏方作業に向かった。野球はやりたい!ができない、という葛藤はあったが、そういう時にはおっさんに言われたことを思い出して自分に言い聞かせていた。「人は今の現実を自分で引き寄せている」そう考えると、今のこの状況もきっと意味あることに違いない。この状況を不満でいるよりも、いかに前向きに捉えるかでこの先も変わってくるに違いない。俺はそう感じ、謹慎が解けるまでは今できることを精一杯やろう!と練習場へ向かった。
今日も朝早くからたくさんの職員が作業を行っている。その一人ひとりの顔には充実感が溢れていて、みんなこの仕事に誇りを持っているんだとわかる。ホントに有り難いことだ!俺は改めて一人ひとりに感謝の気持ちでいっぱいになった。この人たちと出逢う前まではこの球団に不満を持っていた。あのコーチといい、首脳陣の選手起用といい、この球団を好きになれない自分がいた。だけど今は違う。この人たちのためにも俺はこの球団の投手として優勝したい!さらに野球に対する熱い情熱が込上げてきたのだった。
だが、この日もコーチからの嫌がらせは続いていた。というか、あからさまに俺に嫌がらせをするようになってきたのだ。もはやこのコーチは選手の指導よりも、俺への嫌がらせの方を重要視しているとしか思えないぐらいである。自分の仕事をそっちのけで俺への攻撃が延々続くのである。
「おい!雑用!このボール汚れているぞ!こんな汚いボール使えるか!!」
「そこの育成!さっさとグラウンド整備しないか!!お前のせいで練習が遅れるだろ!!!」
ねちねちとしかも長い攻撃が続くのだ。しかし、ここでキレるわけにはいかない。俺はグッと耐えながら作業を進めた。
さすがに練習後は疲れがどっと出てきた。と同時に、この先もこんなことが続くのかと不安になってきた。
「こんな辛い思いをして、また野球選手に戻れなかったら・・・・・」
俺の精神状態は上がったり下がったりして不安定になっていた。
そんな状態で帰ってきた俺を見て、おっさんが話しかけてきた。
「どうだい?絶好調かい?」
俺の姿を見れば絶好調ではないことぐらい誰でもわかる。だけど、おっさんはこういう時でも明るく接してくれる。おっさんの気持ちは正直に嬉しかった。そして、正直に嬉しいと感じられるようになったことは、少なくても俺自身が変わってきた証拠でもある。自分の変化がまた嬉しく感じて、気持ちが上がってきた。が、あのコーチの嫌がらせを思い出すとまた下がってくる。悶々状態である・・・・・・・
「おっさんや小春、野々村さんや球団の職員さん、俺はたくさんの人たちから応援されている。そのたくさんの人の気持ちを感じると、また絶対に選手に復帰するぞ!って。でも、その一方であのコーチがいる限りもう選手に復帰できないのかって・・・・。何か気持ちが不安定っていうか・・・・・」
「うん、うん、わかるよ~その気持ち。でもね、そういう行ったり来たりの状態でも甲子園くんはしっかりと成長しているよ。着実に階段昇ってるよ。今の甲子園くんだったら間違いなく1軍でも成幸できるよ!」
「でも、その1軍にはあのコーチがいる限り上がれないッスよ・・・・・・」
また気持ちが落ちた。そんな俺におっさんが続けた。
「甲子園くんはあのコーチのことが憎い?」
「ん~、憎いといえば憎いですね。だけど、憎んだところで何も解決しないこともわかっているんです。だから、どうしたらいいか・・・・・・」
おっさんはニコニコしながらこう言った。
「そういう時は劣等感を見抜くんだよ!」
「劣等感・・・ですか??」
「そう!劣等感。僕たちは小さな頃から周りと比べられて生きてきたよね。中学校でも席次とか貼り出してさ、誰々に勝っただの負けただの。そうやって比較されて、競争させられて、人はいつしか劣等感を抱くようになってくる。特にあのコーチはエリート出身だから、特に劣等感が強いんだよ。常に比べられてきたから、自分の劣等感を隠すために人より優位に立ちたいと無意識で思うようになってきたんだよ。甲子園くんに対する態度も、自分が常に上でいたいから。要は優越感に浸りたいんだよ。つまり、優越感に浸りたいってことは、劣等感がありますよってことにもなるよね」
「なるほど・・・」
「でね、そのコーチが持っている劣等感を見抜くんだよ。そしたらさ、今まで隠してきた自分の心の奥底にある劣等感を見透かされたって感じてね、コーチは嫌がらせしなくなるんだよ。だって、やべ~コイツには自分の内面がばれてるって思ったら、怖くなってその人から離れていくでしょ~」
「確かに・・・・・で、どうやって劣等感を見抜けばいいんッスか?」
「毎朝、あのコーチに幸せが訪れますように願えばいいんだよ」
「え~~あんな憎いコーチの幸せなんて願えないッスよ!」
「ハハハハッハ~確かにそうだよね。でもね、コーチの幸せを願うことが、自分の劣等感克服になるんだったらどうかな?」
「え!?相手のことを願うことが自分のことになるってことッスか?」
「そうなんだよ~。実際コーチの幸せがどうこうじゃなくて、コーチの幸せを願うことが自分の幸せになる!としたら?」
「そりゃ~自分のためだったらできる気がします」
「そう!自分自身のために願うんだよ!だって、人は他人を変えることはできないからね。変えることができるのは自分自身だけ!」
そうなんだ!結局は今の現状を作っているのはやはり自分自身なんだ!
だったら、自分で道を切り開くことだってきっとできるんだ!
俺の頭の中では「コーチが幸せになりますように」という言葉が連呼して響いていたのだった。
つづく。
今日も朝早くからたくさんの職員が作業を行っている。その一人ひとりの顔には充実感が溢れていて、みんなこの仕事に誇りを持っているんだとわかる。ホントに有り難いことだ!俺は改めて一人ひとりに感謝の気持ちでいっぱいになった。この人たちと出逢う前まではこの球団に不満を持っていた。あのコーチといい、首脳陣の選手起用といい、この球団を好きになれない自分がいた。だけど今は違う。この人たちのためにも俺はこの球団の投手として優勝したい!さらに野球に対する熱い情熱が込上げてきたのだった。
だが、この日もコーチからの嫌がらせは続いていた。というか、あからさまに俺に嫌がらせをするようになってきたのだ。もはやこのコーチは選手の指導よりも、俺への嫌がらせの方を重要視しているとしか思えないぐらいである。自分の仕事をそっちのけで俺への攻撃が延々続くのである。
「おい!雑用!このボール汚れているぞ!こんな汚いボール使えるか!!」
「そこの育成!さっさとグラウンド整備しないか!!お前のせいで練習が遅れるだろ!!!」
ねちねちとしかも長い攻撃が続くのだ。しかし、ここでキレるわけにはいかない。俺はグッと耐えながら作業を進めた。
さすがに練習後は疲れがどっと出てきた。と同時に、この先もこんなことが続くのかと不安になってきた。
「こんな辛い思いをして、また野球選手に戻れなかったら・・・・・」
俺の精神状態は上がったり下がったりして不安定になっていた。
そんな状態で帰ってきた俺を見て、おっさんが話しかけてきた。
「どうだい?絶好調かい?」
俺の姿を見れば絶好調ではないことぐらい誰でもわかる。だけど、おっさんはこういう時でも明るく接してくれる。おっさんの気持ちは正直に嬉しかった。そして、正直に嬉しいと感じられるようになったことは、少なくても俺自身が変わってきた証拠でもある。自分の変化がまた嬉しく感じて、気持ちが上がってきた。が、あのコーチの嫌がらせを思い出すとまた下がってくる。悶々状態である・・・・・・・
「おっさんや小春、野々村さんや球団の職員さん、俺はたくさんの人たちから応援されている。そのたくさんの人の気持ちを感じると、また絶対に選手に復帰するぞ!って。でも、その一方であのコーチがいる限りもう選手に復帰できないのかって・・・・。何か気持ちが不安定っていうか・・・・・」
「うん、うん、わかるよ~その気持ち。でもね、そういう行ったり来たりの状態でも甲子園くんはしっかりと成長しているよ。着実に階段昇ってるよ。今の甲子園くんだったら間違いなく1軍でも成幸できるよ!」
「でも、その1軍にはあのコーチがいる限り上がれないッスよ・・・・・・」
また気持ちが落ちた。そんな俺におっさんが続けた。
「甲子園くんはあのコーチのことが憎い?」
「ん~、憎いといえば憎いですね。だけど、憎んだところで何も解決しないこともわかっているんです。だから、どうしたらいいか・・・・・・」
おっさんはニコニコしながらこう言った。
「そういう時は劣等感を見抜くんだよ!」
「劣等感・・・ですか??」
「そう!劣等感。僕たちは小さな頃から周りと比べられて生きてきたよね。中学校でも席次とか貼り出してさ、誰々に勝っただの負けただの。そうやって比較されて、競争させられて、人はいつしか劣等感を抱くようになってくる。特にあのコーチはエリート出身だから、特に劣等感が強いんだよ。常に比べられてきたから、自分の劣等感を隠すために人より優位に立ちたいと無意識で思うようになってきたんだよ。甲子園くんに対する態度も、自分が常に上でいたいから。要は優越感に浸りたいんだよ。つまり、優越感に浸りたいってことは、劣等感がありますよってことにもなるよね」
「なるほど・・・」
「でね、そのコーチが持っている劣等感を見抜くんだよ。そしたらさ、今まで隠してきた自分の心の奥底にある劣等感を見透かされたって感じてね、コーチは嫌がらせしなくなるんだよ。だって、やべ~コイツには自分の内面がばれてるって思ったら、怖くなってその人から離れていくでしょ~」
「確かに・・・・・で、どうやって劣等感を見抜けばいいんッスか?」
「毎朝、あのコーチに幸せが訪れますように願えばいいんだよ」
「え~~あんな憎いコーチの幸せなんて願えないッスよ!」
「ハハハハッハ~確かにそうだよね。でもね、コーチの幸せを願うことが、自分の劣等感克服になるんだったらどうかな?」
「え!?相手のことを願うことが自分のことになるってことッスか?」
「そうなんだよ~。実際コーチの幸せがどうこうじゃなくて、コーチの幸せを願うことが自分の幸せになる!としたら?」
「そりゃ~自分のためだったらできる気がします」
「そう!自分自身のために願うんだよ!だって、人は他人を変えることはできないからね。変えることができるのは自分自身だけ!」
そうなんだ!結局は今の現状を作っているのはやはり自分自身なんだ!
だったら、自分で道を切り開くことだってきっとできるんだ!
俺の頭の中では「コーチが幸せになりますように」という言葉が連呼して響いていたのだった。
つづく。
Posted by 大浜寅貴 at
18:31
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2012年08月09日
第19話 スーツの男
「コーチに幸せが訪れますように!」
俺は何回も頭の中でそう唱えながら練習場へ向かった。いつの間にか声に出してつぶやいている自分に気づき、恥ずかしくなって辺りを見回したが、早朝だけに辺りには誰もいなく、ちょっと安心した。そうこうしているうちに続々と選手やコーチたちがやってきた。俺はひと呼吸入れて、またコーチの幸せを願いながら作業を進めた。すると、やってきた!ニヤついた顔で俺に近づいてくるコーチだ!この時は何故だかワクワクしている自分がいた。開口一番、俺への罵声だ!
「おい!野球もろくにできないへっぽこ!邪魔だ!どけ!!」
自分から俺に寄ってきて邪魔扱いだ。でも今日の俺はちょっと違う。
“これが劣等感ってヤツだな!なるほど強烈だ”
イライラせずにコーチの幸せを願いながら笑顔で答えた。
「おはようございます!今日も1日頑張って下さい!!」
??????
コーチは俺の対応に意表をつかれたようで、あんぐり顔でただ呆然としている。
「選手の飲み物を準備してきます!失礼します!!」
深々と一礼してその場を去った。コーチは「あ、あ~」と言葉にならない声を発していた。それからは執拗に俺に絡んでくることはなくなった。
昼食時間になった。選手やコーチたちは室内の食堂へ向かった。球団職員は午後の練習、そして試合の準備をしてから昼食を取り始めた。俺はふとブルペンの方が気になった。今はお昼休みで誰もいない。俺は久しぶりにピッチングをしたくて誰もいないブルペンに向かった。俺はいつでも復帰できるように、謹慎中でも自主練を怠らなかった。だけど、マウンドからホームベースまでの距離、18.44メートルを投げるのは久しぶりだ。腕を回したり屈伸を2.3回したり軽くストレッチをして、俺は腕を大きく上げ、投球モーションに入ろうとした。その時!後ろから誰かに肩を叩かれ、ドキッとした!
「すみません!誰も使っていなかったのでつい!」
俺は肩を叩いた人の顔も見ずに頭を下げて謝った。
「ハハハハ!心配するな!俺だよ」
そこに立っていたのは野々村さんとスーツ姿の年配の人だった。
「あ~良かった~野々村さんでしたか~」
「水臭いぞ!甲子園。投げるんなら俺に声かけてくれればいいのに。よし!受けてやるから待ってろ」
そういって、野々村さんはキャッチャーのポジションのところまで走っていった。後からスーツの人もついていってネット裏でこっちを見ている。その人が誰だかちょっと気になったが、今はそれより投げる方が、しかも野々村さんに受けてもらえることが嬉しかった。俺は大きく深呼吸をし、いつものように大きなワインドアップモーションで投げた!
ズバーーーーーン!!!
キャッチャーミットの音がブルペン中に響き渡る!絶好調なとき程ではないが、なかなか手応えのある投球だった!
「よし!次は例のフォークいってみよう!まさかもう投げ方忘れたわけではないだろう~」
野々村さんがちょっと意地悪っぽく言ってきた。俺は笑顔でうなずき、指の間にボールを挟んで投げた!
ストレート並みの軌道からほぼ真下へ落下するボールをワンバウンドで野々村さんがキャッチした。よし!フォークも大丈夫だ!久々の快投に身体が震えた!
野々村さんは立ち上がり、俺の顔を見てうなずき、ネット裏のスーツの人と何やら話し始めた。何を話しているのかわからなかったが、野々村さんは笑顔で俺にグッドの拳を上げた。
「いいぞ!甲子園!そろそろ昼休みも終わるからばれないようにな!」
笑いながら野々村さんとスーツの人は去って行った。時計を見ると後5分で昼休みが終わり、選手やコーチたちがやって来る!俺は慌ててブルペンを整備した。何とかばれずにすんだが、結局あのスーツの人が誰なのかはわからなかった。
そして今日も1日が終わり、後片付けをしていると、練習場の片隅であのスーツの人と今度はおっさんが話しているではないか!?
あの人はいったい???
つづく。
俺は何回も頭の中でそう唱えながら練習場へ向かった。いつの間にか声に出してつぶやいている自分に気づき、恥ずかしくなって辺りを見回したが、早朝だけに辺りには誰もいなく、ちょっと安心した。そうこうしているうちに続々と選手やコーチたちがやってきた。俺はひと呼吸入れて、またコーチの幸せを願いながら作業を進めた。すると、やってきた!ニヤついた顔で俺に近づいてくるコーチだ!この時は何故だかワクワクしている自分がいた。開口一番、俺への罵声だ!
「おい!野球もろくにできないへっぽこ!邪魔だ!どけ!!」
自分から俺に寄ってきて邪魔扱いだ。でも今日の俺はちょっと違う。
“これが劣等感ってヤツだな!なるほど強烈だ”
イライラせずにコーチの幸せを願いながら笑顔で答えた。
「おはようございます!今日も1日頑張って下さい!!」
??????
コーチは俺の対応に意表をつかれたようで、あんぐり顔でただ呆然としている。
「選手の飲み物を準備してきます!失礼します!!」
深々と一礼してその場を去った。コーチは「あ、あ~」と言葉にならない声を発していた。それからは執拗に俺に絡んでくることはなくなった。
昼食時間になった。選手やコーチたちは室内の食堂へ向かった。球団職員は午後の練習、そして試合の準備をしてから昼食を取り始めた。俺はふとブルペンの方が気になった。今はお昼休みで誰もいない。俺は久しぶりにピッチングをしたくて誰もいないブルペンに向かった。俺はいつでも復帰できるように、謹慎中でも自主練を怠らなかった。だけど、マウンドからホームベースまでの距離、18.44メートルを投げるのは久しぶりだ。腕を回したり屈伸を2.3回したり軽くストレッチをして、俺は腕を大きく上げ、投球モーションに入ろうとした。その時!後ろから誰かに肩を叩かれ、ドキッとした!
「すみません!誰も使っていなかったのでつい!」
俺は肩を叩いた人の顔も見ずに頭を下げて謝った。
「ハハハハ!心配するな!俺だよ」
そこに立っていたのは野々村さんとスーツ姿の年配の人だった。
「あ~良かった~野々村さんでしたか~」
「水臭いぞ!甲子園。投げるんなら俺に声かけてくれればいいのに。よし!受けてやるから待ってろ」
そういって、野々村さんはキャッチャーのポジションのところまで走っていった。後からスーツの人もついていってネット裏でこっちを見ている。その人が誰だかちょっと気になったが、今はそれより投げる方が、しかも野々村さんに受けてもらえることが嬉しかった。俺は大きく深呼吸をし、いつものように大きなワインドアップモーションで投げた!
ズバーーーーーン!!!
キャッチャーミットの音がブルペン中に響き渡る!絶好調なとき程ではないが、なかなか手応えのある投球だった!
「よし!次は例のフォークいってみよう!まさかもう投げ方忘れたわけではないだろう~」
野々村さんがちょっと意地悪っぽく言ってきた。俺は笑顔でうなずき、指の間にボールを挟んで投げた!
ストレート並みの軌道からほぼ真下へ落下するボールをワンバウンドで野々村さんがキャッチした。よし!フォークも大丈夫だ!久々の快投に身体が震えた!
野々村さんは立ち上がり、俺の顔を見てうなずき、ネット裏のスーツの人と何やら話し始めた。何を話しているのかわからなかったが、野々村さんは笑顔で俺にグッドの拳を上げた。
「いいぞ!甲子園!そろそろ昼休みも終わるからばれないようにな!」
笑いながら野々村さんとスーツの人は去って行った。時計を見ると後5分で昼休みが終わり、選手やコーチたちがやって来る!俺は慌ててブルペンを整備した。何とかばれずにすんだが、結局あのスーツの人が誰なのかはわからなかった。
そして今日も1日が終わり、後片付けをしていると、練習場の片隅であのスーツの人と今度はおっさんが話しているではないか!?
あの人はいったい???
つづく。
Posted by 大浜寅貴 at
01:03
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2012年08月09日
第20話 男の正体
俺はあの人の正体が気になっていた。寮に帰ってからおっさんに聞いてみようと帰宅した。が、おっさんはまだ帰っていなかった。「もしかして、まだあの人と一緒なのかな?」ますます気になってきた。年齢的にもどこか風格があって、大企業の社長みたいな感じだった。だが、おっさんに対してはなぜか低姿勢に見えた。「結構なお偉いさんみたいだったけど・・・でも、おっさんには腰が低かったように見えたし・・・」考えてもしょうがない。おっさんが帰ってきたら聞けばいいだけだ。俺はおっさんの帰りを待った。が、いつもならもうとっくに帰ってきている時間になっても帰ってこない。ちょっと心配になったが、まあ子どもじゃないんだし大丈夫だろう。俺はおっさんの帰りを待ちながらいつの間にか寝てしまった。
いつものように朝早く目覚めた。おっさんは!まだ帰ってきていなかった。いい歳して朝帰りか~、と思いながらも結局は例の人物の正体はわからないまま練習場へ向かった。おっさんからは聞けなかったが、野々村さんから聞けばいいんだ。俺はそう考えていた。
今日も昼休みを利用して誰もいないブルペンで投球練習をした。また野々村さんが来てくれるだろうと期待したが、今日は現れなかった。それでも俺は一人で投げ込んだ。やっぱり野球は楽しい!マウンドは気持ちいい!俺の居場所はココだ!そう感じながら充実した昼休みを過ごした。
午後の練習が始まってすぐに俺は球団職員から呼び出された。なんでも会議室に来てくれと言伝されたという。あちゃ~昼休みの練習ばれちゃったかな?俺は叱られることを覚悟して会議室に行った。そこにはスーツ姿の男が3人座っていた。あ!俺は思わず声をあげそうになった!気になっていた例の男が中央に座っているではないか!?どうしていいかわからない俺に、右の男が席に座るよう促した。
「初めまして!甲子園くん!私は曾孫 正義と申します。よろしく!」
曾孫?・・・・・
あ!!曾孫って言えば!!!
きゅ、きゅ、球団社長の曾孫社長だ!!!!
俺は慌てふためいて立ち上がり、深々と頭を下げた。
「すみませんでした!!」
昼休みに勝手にブルペンを使ったことなのか?おっさんが何か失礼なことをやったのか?原因はわからないが、とにかく謝った。そんな俺を見て大笑いした曾孫社長は、また席に座るよう促し話を続けた。
「まあまあ落ち着いて。何も謝るようなことではないよ」
曾孫社長は笑顔でそういうと、咳払いをしちょっと真面目な顔をして話した。
「ゴホン!え~本日をもって金城甲子園の謹慎処分を解くことが正式に決定した!」
え!?
はい??
ま、ま、まじッスかーーーーー!!!!!
ただそれだけではない!興奮している俺にさらなる追い風が!
「明日からは1軍に同行してもらう!しっかり頼むぞ!以上」
やった~やった~1軍だ~~
・・・・・・ん!?
・・・・・・・・もしもし??
・・・・・・・・・・今1軍って言いました???
・・・・・・・・・・・・いっちぐーーーーーーーーん!!!!!!!!!!
俺は選手復帰だけでなく、なんと1軍昇格まで果たしたのだ!
ついにきた!1軍だ!俺はこの喜びを誰よりも早くおっさんに伝えたくて急いで帰った。
「ただいま!おっさん!ついにやったよ!1軍だ!!!!」
が、しかし、今日もおっさんがいない。
そして、机の上には手紙が置かれてあったのだ・・・・・
つづく。
いつものように朝早く目覚めた。おっさんは!まだ帰ってきていなかった。いい歳して朝帰りか~、と思いながらも結局は例の人物の正体はわからないまま練習場へ向かった。おっさんからは聞けなかったが、野々村さんから聞けばいいんだ。俺はそう考えていた。
今日も昼休みを利用して誰もいないブルペンで投球練習をした。また野々村さんが来てくれるだろうと期待したが、今日は現れなかった。それでも俺は一人で投げ込んだ。やっぱり野球は楽しい!マウンドは気持ちいい!俺の居場所はココだ!そう感じながら充実した昼休みを過ごした。
午後の練習が始まってすぐに俺は球団職員から呼び出された。なんでも会議室に来てくれと言伝されたという。あちゃ~昼休みの練習ばれちゃったかな?俺は叱られることを覚悟して会議室に行った。そこにはスーツ姿の男が3人座っていた。あ!俺は思わず声をあげそうになった!気になっていた例の男が中央に座っているではないか!?どうしていいかわからない俺に、右の男が席に座るよう促した。
「初めまして!甲子園くん!私は曾孫 正義と申します。よろしく!」
曾孫?・・・・・
あ!!曾孫って言えば!!!
きゅ、きゅ、球団社長の曾孫社長だ!!!!
俺は慌てふためいて立ち上がり、深々と頭を下げた。
「すみませんでした!!」
昼休みに勝手にブルペンを使ったことなのか?おっさんが何か失礼なことをやったのか?原因はわからないが、とにかく謝った。そんな俺を見て大笑いした曾孫社長は、また席に座るよう促し話を続けた。
「まあまあ落ち着いて。何も謝るようなことではないよ」
曾孫社長は笑顔でそういうと、咳払いをしちょっと真面目な顔をして話した。
「ゴホン!え~本日をもって金城甲子園の謹慎処分を解くことが正式に決定した!」
え!?
はい??
ま、ま、まじッスかーーーーー!!!!!
ただそれだけではない!興奮している俺にさらなる追い風が!
「明日からは1軍に同行してもらう!しっかり頼むぞ!以上」
やった~やった~1軍だ~~
・・・・・・ん!?
・・・・・・・・もしもし??
・・・・・・・・・・今1軍って言いました???
・・・・・・・・・・・・いっちぐーーーーーーーーん!!!!!!!!!!
俺は選手復帰だけでなく、なんと1軍昇格まで果たしたのだ!
ついにきた!1軍だ!俺はこの喜びを誰よりも早くおっさんに伝えたくて急いで帰った。
「ただいま!おっさん!ついにやったよ!1軍だ!!!!」
が、しかし、今日もおっさんがいない。
そして、机の上には手紙が置かれてあったのだ・・・・・
つづく。
Posted by 大浜寅貴 at
20:09
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